2015.06.02 21:31|受:ワタシ病気録
片側顔面痙攣の頭蓋骨開いての手術を、
完治目指して、一大決心をして受けて、1年8ヶ月。
こういう形で、また、執刀医のもとを訪ねることになるとは。

『痙攣再発』

現実に、微弱ながら、顔面痙攣は、再発している。

残念。
ただただ、残念な気持ちを抱えて、病院の脳神経外科を再訪した。

最初に来たときは、ひたすら「治して貰うのだ」という、
全力前向きな思いしか、なかった。
手術の恐怖も失敗の想像も、そこまで、せず。
のんきなもんだったよなぁ、と思う。

病院を見上げて、ずいぶん妙な、気持ちが、した。



0601 (1)



痙攣は、ある。
ただし、手術前より断然、軽度。

この『片側顔面痙攣』という、病(というか症状)は、
1万人に1人、程の確立だとどこかで読んだ。
執刀医にも聞いたら「そうです」との返答。
ああそうなんだと、改めて思った。

1万人に1人。

確立として”多い”とは、もちろん思えない。
だけど、ワタシがワタシとして生きている中での出来事だから、
何万人の人口でそれが発症しようとしまいと、
言ってしまえば、あまり関係がない。

数年前までのワタシには、この1万人に1人は”ゼロ”だった。
それが”100”になり、
手術による行為でまた”ゼロ”を目指したけれど、
ゼロには戻ることが出来ず、”20”くらいの、復活をむかえてしまった。
でもそれはやっぱり、もう、”ゼロ”では、ないのだ。
ゼロ治癒は、叶わなかった。
残念。
それは、誰のせいでもなくて。
ただただ、残念。


術後の経過を画像でも診てみたい、と執刀医に言われたので、
MRI撮影をした。
画像診断する限り”特段異常なし”

「痙攣の収束へ向かう途中の、出来事かもしれません。
だから、今回の手術がどうだったかと、結論づけることは、早い。
でも、もしかしたら違う原因があるかもしれない。
脳幹近くの、くも膜が加齢に伴い、硬化をして、
それが板のように挟まって、血管が押して、触れているのかも、しれない」

くも膜までは、MRI撮影でも、画像に出て来ないらしい。
くも膜は、サランラップやクレラップより、まだ薄いのだという。
それが硬化したかも、でも、こう。
どれだけ体内というものは、繊細なんだ!(驚愕)

「肌が薄い人もいれば、皮の厚い人もいる。
それと似ていて、くも膜も薄い人もいれば、硬い人もいます。
あなたは若いのに、比較的”硬い”人でした。
脳幹の近くで、摺りガラスのようになっていた箇所がありましたから。
(もちろん手術直後の説明で、聞いているので、周知)
でも、それが今、どうなっているのかは、
やはり、開頭をして、中をじかに見るほか、ないのです」

1万人に1人の割合で発症する症例で、
80%程度の人が、頭蓋骨開頭手術で、ほぼ完治する。
ところの、再発。
で、もしまたいつかの手術、となれば、
どれだけワタシは、レアケースなのだろう。

「手術は、いつでも出来ます。
ただし、何度も言いますが、まだ時期尚早だと思います。
確かに痙攣は、確認出来ます。
でも、こう言うのもナンですが、酷くはない。
でも、あなたにしてみれば、さぞ落胆もされるでしょうし、
施術までしてピタリ治らなかったと、気落ちもするでしょう。
手術前より断然、微弱な痙攣なのだから、
気にしないでおりなさい、なんていうことは、言いません。
さぞ、煩わしいことでしょう。
でも。
この症例は、命にまったく別状がないのです。
放置しておいても、ぜんぜん構わないのです。
だから、医者として、前と同じ。
手術をしましょう、するべきです、というようなことは言いません。
でも。
だけれども、あなたの人生なので、
こんな痙攣を完全に消滅させたいと、
強く再手術を希望されるのだったら、いつでもやります」

ただし。

「ただし、2度目になると、痙攣の原因追及は、より難問になります。
開頭をして、ここだと分かった箇所は、原因除去を
施しているので、それ以外の箇所を探すことは、
よりいっそう、繊細なことなので、難問になります」

おまけに、ワタシの”耳鳴り”は、
原因が「分からない」と言われた。
顔面痙攣との因果関係が、そこに分からないと。
もはや神秘としか、言いようが無い。


執刀医と面談をしながら、慌てるでもなく、凹むでもなく、
思っていたよりずっと、気楽に話をすることが、出来た。
これはある意味、自分自身で、思いのほか
片側顔面痙攣のことを、受け入れているのかもな、と思っていた。

「先生。
失礼な言い方かもしれませんが。
ワタシ程度の微弱な痙攣の復活では、
手術前に比べりゃ断然楽だから、もういい、と思って、
再診察に来ていない患者さんも、いるかもしれないですよね。
手術が失敗だったか、成功だったか、思ったかどうかは別問題で」
そう言ってみたら、医師は「なるほど。それはそうかも」と、
妙な感心をされた。
あるいは、もしかしたら、別の病院の医師へ
相談に行った人もいるかもしれないですよね。
と、これは言わないでおいたけど(患者マナー:笑)

「痙攣は確かに微弱に見受けられます。
でも、とにかくまだ、経過観察しましょう。
これがもし。
もしも、数ヵ月後、数年後、もしも、酷くなるようだったら、
それはそのときまた話し合いましょう。
日常生活に支障が出るかもしれない。
あるいは、言葉はいけないかもしれないけれども、
精神的に疲弊してしまうかもしれない。
そのときは医師として、再手術を勧めるかもしれない。

でも、何度も言いますが、こればかりは、
患者さん側の、お気持ちの問題なのです。
ものすごく痙攣が酷くて、日常生活にも支障が、と
思われるような方でも、いやいや手術は怖いからしません。
そう言われる方もいます。
それほどでも無いと思うような方でも、
とにかくこんな痙攣から開放されたいから、と
手術を希望される方もいます。
それは、こちら側の判断ではないのです。
何度も言いますが、命に関わることではないので、
すべては患者さん側の気持ち次第なのです」

そして、こうも言われた。

「ルゥさん。
お気持ちは分かります。お察しします。
でも。
だけれども、それだけに囚われて暮らさないように。
痙攣だけに、すべて囚われて暮らさないようになさって下さい」

気持ちの落としどころを、どこに置くのか。
これがワタシの、今後の課題だと、思う。


病院から歩いて15分程度の場所にある、
実家へ立ち寄って、両親といっしょにお茶をした。

何が悲しいというと、両親がワタシ以上に落ち込んでいる。
そんな姿を見ることこそが、最大に悲しいことだ。

「せっかくあんな。
頭蓋骨に穴まで開けて、辛い思い、うんとしたのに…」
辛い思いをうんとしたのに、完治出来なかったなんて、ということ。
それが一番、両親を落ち込ませている。
それと同時に、1万人に1人という症例を持った子に産んでしまった。
「ごめんなさい」と、母が悲しそうに言う。
「ほんとうにごめんね」と、母が何度も言う。
それがワタシにとって、最大に辛い。
パパ。
ママ。
それは本当に、どうでもいいことなの。
どうぞ気にしないで。ほんとうに。ほんとうに。
この世に生れ落ちたときから、ワタシはワタシなのだから。
パパとママの分身でもなければ、クローンでも、ない。
どうあれ、ワタシは、ワタシなのだから。


医師との面談を終えて、退席するとき。
「あなたの今後がとても気になります。
ものすごく、気にしています。
だから数ヵ月後、また診察に来て下さい」と執刀医が言われた。
でも、よほど重篤な痙攣に悪化しない限り、再訪はしない。
そう言ってから、言い直した。
「やっぱり。
数ヵ月後再訪するかもしれませんし、1年後かもしれませんし、
数年後かもしれません。
でも、もし、幸いなことに、数年後にででも、
完治した!と思っても、先生にご報告に伺います」と。

せっかくのレアケース患者例。
先生の治療例のひとつに、使って貰えたら。
こんな特殊な事例もあったな、という、例に。
そう言うと、医師も横にいる看護師さんも、笑ってくれた。

会計表を看護師さんから受け取るとき、
看護師さんが。
「患者さんの皆さんが、ルゥさんのように前向きではないです。
ルゥさんも、今のようなお気持ちになられるまで、
ずいぶん苦難なさったと思います」
そう、ねぎらって、静かに、ワタシのために、微笑んで下さった。
この看護師さんは、外来診察の看護師さんで、
1年8ヶ月前の手術のときに出会って、以後、覚えていてくれた方。

あのとき、最後の術後経過観察での診察のとき、
「晴れ晴れとしたお顔なさっていて。
私もとっても嬉しい」と、施術の成功をたいへん喜んで下さった。
なので、とても気を遣って頂いた。

本当に、どうもありがとうございます。


外来病棟は、ところどころ手入れをされていて、
お手洗いなどが最新式?設備に変わっていた。
1年と8ヶ月の間に、いろんなことが、少しずつ、変わっているんだと思う。

悲しまないで、パパママ、と思いながら、
どうもありがとう、と看護師さんのことを思いながら、
帰宅の阪急電車に乗った。

変わらない景色も、ある。
ただそこを通り過ぎるときの自分は、一瞬たりとも同じではない。
今のワタシは、今起きている自分自身の内側の問題を、
出来るだけ穏やかに受け入れようと、努力をし始め出したところ。
完璧なものなどどこにもなく、
完璧なことなど手に入らないこと。

引き受けること。
永遠の付き合いかもしれない

努力の幅を、もっと、持たねば。
症例と付き合うすべを、もっと、じっくり考えよう。



0601 (2)



オットとちま。
のんきでいてくれる。
それだけで、いいなと思う。

いやだいやだいやだいやだいやだいやだと、思うと、泣けてくる。
いろんなことがもうどうでもよくなってしまう。
治りたかったのだと、ものすごくものすごくものすごく強く、
その方向に思いを寄せると、いくらでも、寄せることが出来てしまう。
落胆の絶叫で、いくらでも凶暴な涙を流すことが出来てしまう。
それはよくない。
ときとして、よいときもあるかもしれないけど、
あんまり、よくない。

もっともっともっと、事情が酷くなったとき。
そういうとき用に、最悪の気持ちは、とっておこうと思う。

前向きではなくて、
ちょっと斜め前向き。


そんな感じで、ゆこうと思う。

オットとちまが、いっしょだから、大丈夫だと思う。



0601 (4)



病院のほど近くに咲いていた、紫陽花。
色がどこにもつく気配がないから、きっと白い紫陽花だと思う。
きれいだなと思う気持ちがある。
だからたぶん、まだイケるワタシがあると思う。



0601 (3)





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2015.01.30 03:32|受:ワタシ病気録
台湾人の友人Kちゃんが、京都へ一瞬戻って来た。

せっかくだもの、会いましょう、と
グルマンな知人に紹介してもらった、美味しいフレンチを頂く。

Kちゃんは、明日東京に出向き、友達と落ち合い、
長野へスキーにゆくと、とても楽しそうだった。
台湾本国での、就職先(大学)でも、毎日充実した暮らしを
しているようで「すっごく忙しい」と言いながら、その顔は晴れ晴れしていた。



0127 (1)



このさき恋をして結婚もして、未来をつなぐ子どもを増やして。
Kちゃんのこれから、は、明るく、輝いている。
本当にいろんなことにわくわくしている彼女を見ながら、
ワタシは”片側顔面痙攣”の開頭手術をしてから、
1年と3ヵ月後の現在。
正直、少々、憂いていた。

ここ数日前から、なんとなく、ピクピク。
数年間、大変悩み煩わされて来た、右目下まぶたの、痙攣。
それを消去出来たはずの、それが、ごくごく。
ほんの、ごくごくごくごく、だけれど、
「あ」と感じることが、出て来ている。

日常的・恒常的には、もはや”大昔の体験”として、記憶になり、
遠く忘れかけ事柄、になっていたのが、最近、
時折、くちを動かした際「あ」と、思うようになったのだ。
そして。

「耳鳴りがする」

耳鳴りも、ごくごく、瞬間。
瞬間のとあるときに、ザッと来る。
一瞬の光が駆け抜けるように、ザッと、耳鳴りが、走る。

うっすらと、
うっすらと、気持ちが、少し、淀んで、
うっすらと”再発”という文字が、ココロに浮かぶ。



0127 (3)



Kちゃんは、久しぶりの京都と、ワタシとの食事に、
本当に愉快にしてくれているのに、
ワタシときたら、そんなKちゃんのわくわくする様子に、
いつもならもっと、おしゃべりの”コール&レスポンス”に
がっつり、向かえるところが、そこはかとに、終始。
Kちゃんを見送ってから、猛省したけれど、
こういうココロの淀みは、深く気持ちのしっぽをつかんで、離さない。

ごめんね、Kちゃん。。。
次に会うときは、もう少し、いいえ、
いつものバカ笑いを、またきっと提供します。



0127 (4)



片側顔面痙攣の、手術を執刀してくれた担当医が
説明して下さっていたことを、思い出す。

『術後、
人によっては、2年間ほどの間、
痙攣が治まったと思ってもまた出て、またじき治まって。
そういうことを繰り返す場合もある』

ワタシの場合は、ただの?片側顔面痙攣からなる、
まぶたの痙攣に加えて”耳鳴り”が、あった。

頭の中の神経配置は、本当に繊細に、微細に
猛烈に、込み入った環境のようで、
ほんの数ミリ単位での、神経と血管の接触で、
さまざまな障害が発症するのだと、担当医から、聞いた。

ワタシの、当時”障害”を発症させていた箇所は、
見つけて、手術のときに、解除して下さっているはず。
だから、違う場所の微細接触がまた出来たか。
はたまた、もしかすると、解除して頂いたはずの箇所が、
解除の壁を乗り越えて、また触れ合いだしたか。

脳内神経というものは、
本当に、空前の超絶繊細込み入りで、
もはやそこは、神の領域だろうと、思う。
宇宙といっても、構わないだろうとすら、思う。
自然の摂理には、どうにも、抗えないと、思う。

屈する、ではなく、ひれ伏す。

ワタシの中を構成する、宇宙と自然に、ひれ伏す。
これが、ワタシなのだと、受け入れること。
ココロが弱く小さいので、なかなか、難問ではあるのだけれど。
引き受けること。
これが、ワタシなのだと。



0127 (6)



Kちゃんとの食事から戻り、ちまのお散歩へ出かけたとき、
オットに、話をしてみた。

心配をするだろうから、と思って、黙っていたのだけれど、
やっぱり、オットはワタシの特別な存在で、
勝手な言い草かもしれないけど、何でも、聞いて・知っていて欲しいから。

「あのね、ここ何日か前から、また痙攣と耳鳴りを感じてるの」
そう、歩きながらオットに言うと、
オットは、穏やかな口調で。
「そういうことも、あるやろなぁ」と、言った。
オットは、ワタシより、自然の摂理を、知っている。

「そういうことも、あると思う。
手術当時は、精一杯先生が、アカン場所はココかなって思うところを
接触しないようにしてくれてるはずやけど、
その接触も、ほんの数ミリで、どうこうなんでしょ。
そりゃもう、しゃーないよね」

そりゃそうだ。

うん、うん、そうだね。
そりゃそうだわね。

明るく朗らかに、でもなく、
突き放すように、でもなく、
ふつうのことばで、ふつうに、そう、オットが言ったので、
ワタシも、ふつうに「そりゃそうだ」と、するり、思えた。

大丈夫、とも、心配するな、ともオットは言わなかった。
不安がることも、気の毒がることも、オットは無かった。

そういうもんでしょ。

オットは、ふつうに、いつも、こうして、生きている。
いつだってオットは、自然に生きている。



0127 (5)



オットが「またどうしてもダメだと思たら、手術したらええやん☆」と、
これは、いたってのんき~に言った。

これも、そりゃそうだと思う。

再発の、再手術のリスクは、当時先生にはお聞きしていないけれど、
(だって手術したばっか!だから)
いくばくかは、あるだろうと推測する。
やはり正直、気持ちは凹む。

それに、同じ箇所で、頭蓋骨に穴を開けて、開頭をするなんて。
ただの1度でも、頭蓋骨に穴を開けるヒト自体、そもそもいないのに、
それがましてや2度も!になると、本当に数奇な運命だろうと、思う。

再度手術したって、成功するとも限らない。
先生が手術前に説明されたように、
80%程度の成功と、20%程度の残念は、
いくら回数を重ねても、つきないものだと。
これに、ワタシはコスモを感じていたのだけれど、
今もまた、コスモを改めて、感じ直している。

何より。
何より何より『悲しい』と思うことには。

もし。
もしも、もしも、またいつか、再度手術をしようと決めたとき、
そのときには、両親が健在とは限らない。
「前回の手術のときには、毎日毎日、
両親が付き添ってくれていたな…」と、思い出して、泣くと思う。
ものすごく、泣くと思う。

そして、ちまと離れることも嫌だ。
ものすごくものすごく、嫌だ。
だから、言いたくはないけれども、
ちまがワタシとオットのもとから、離れて、
川の向こうへ渡って行ってからに、したい。

そんな、現実味をおびた想定をするほど、の
再発を実感している分けではないけれど(妄想癖アリ:苦笑)
でも、そういうことを思うことの方が、
手術のときのあの空前絶後の苦しみと痛みを思うより、つらい。

時間が永遠ならいいのに、ではなく、
時間のすり減り方が、もっとゆっくりだったらいいのに、と思う。
特に、両親の。
特に、ちまの。
手術のことより、そんな環境のことを想像して、つらく、つらく、思う。
切ない。

Kちゃんが、お土産で、お茶をくれた。
「空港で買ったんだけど(笑)」と、いうお茶は、
とても今のワタシに、寄り添ってくれるものだった。

”お茶はのどを潤すためだけではなく、ココロのサプリメント”とある。
ティーパックになっていて、それぞれに効用があった。
『安心茶』 胃の調和、身心の安定。
『養心茶』 養生、身心調和、元気をつける。
       身体と心のバランスを整える。
などなど、数種類あって、そのどれもが、
ココロと体調の穏やかさをもたらすように、というお茶だった。

Kちゃん。
どうもありがとう。
とても落ち着いた気持ちになれたよ。
ちょっぴり消沈気味で、ごめんね。
(Kちゃんは敏感なヒトだから、すごく感じたろうと思う)
次会うときは、きっとワタシも、元気でいるよ。



0127 (2)



ちまと、離れたくない。
ずっと一緒にいる。

1年3ヶ月前に、片側顔面痙攣のための、手術をして、
入院を2週間したときに、そう強く強く強く、思った。
それは、今でも、一番、暮らしの中で、思っていることだ。
ちまと、ずっと一緒にいる。

でも、痙攣の再発が、残念ながら、あるかもしれない。
もっとはっきり自覚して、再手術への道のりも、生まれてくるかもしれない。

ちまも、いつかワタシとオットのもとから、旅立ってゆく日が来る。
残念だけど、これは、否応なしの、いつか来ること。

いろんなことを、引き受け、受け入れながら、生きてゆく。



0126 (3)



オットは本当に、よいひとだと思います。
本当に上等のひとだと、ツマなれども、思います。

とある男性知人が、オットのことを
「とてもエレガントな方です」と言って下さったことを、覚えています。
ひとさまに、オットのことを尋ねられたとき、
そう、ひとさまに言って下さったのです。
エレガント、かどうかは、さておき(苦笑)
エレガントに感じて下さる、人柄の上等さは、
同じ感覚を持って頂けるのだなぁと、思ったことは、忘れられない出来事です。

オットが、ワタシのオットで、よかった。
人生、これだけでも、案外良いのかもしれない。
どうもありがとう。
感謝しています。

経過観察を自分自身でしながら、
様子を伺いながら、ヤッテゆきます。
執刀して下さった先生方がおられるから、大丈夫!と思いながら。





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2014.01.21 20:16|受:ワタシ病気録
片側顔面痙攣の手術のあと。

「少なくとも3ヶ月間は、術後検診しましょう」と。

そう、執刀脳外科医に指示を受けて、通院して来た。
今日がおそらくその最終日になる回の、診察に向かった。

朝から、最近にしては、穏やかな晴天。
病院は、いつもの通りに、大混雑をしていた。

気が滅入ることも、不安なことも、悩むこともなく、
診察予約に遅れまいと、小走りに、病院へ入った。
はたから見れば、頭蓋骨に穴を開けたヤツ。
そんな風には、誰にも見えないだろうと、思う。



1006 (1)



執刀医は、診察室にワタシが入るなり、
いつもの大きく、おおらかな口調で「調子はどうですか」と聞いて下さる。
ワタシは、手術をしたことを、もぅ忘れてしまうほどになった、と伝える。

あれほど悩ましかった痙攣は、ほとんど消え去り、
あれほど煩わしかった耳鳴りも、今ではほぼ聴こえなくなった。

口元を尖らせようと、食べ物を租借しようと、
もうどんな状態に表情を動かしても、痙攣も耳鳴りもほとんど、無い。
あるのは、ただただ、傷口の引きつれる感覚のみ。

執刀医も、本当に「良かったですね!」と、たいへん喜んで下さるし、
ワタシ自身も、とても、嬉しい。
尋常でない辛さとしんどい思いをした、入院・手術だったけれど、
総合的に、結果「して良かった」と、ココロから思う。

診察という名の、医師面会を済ませ、診察室を出たとき、
看護師さんも「本当に良かった!」と、言って下さった。

この看護師さんは、入院病棟の方ではないけれど、
何度も術後診察の際、お会いしていたので、
ワタシは「こちらでいろいろお世話になった皆さんに
もうこれでお会い出来ないと思うと、寂しい気持ちです」
そう言ったら、看護師さんは看護師さんで、
「そんな風に言って貰えて、嬉しい」と。

本当にこの病院の皆さんには、よくよくして頂いた。
初めての入院と手術で、不安も怯えもあったけれど、
そんなさまざまな事柄を、すべて”安心”と”信頼”にかえて下さった。

お世話になりました、と、何度でも、申し上げたかった。
ワタシにとって、かけがえのない大事で貴重な体験。
これで、本当に、病院とサヨウナラになった。
ありがとうございました。


こちらの病院で、手術を決意した日に、撮影した場所から、
最後の記念写真に、パチリ。

そのときは、まだまだ暑い夏の終わりの頃。
入院は、10月でも、夏日が続いた異常季節の頃。
そして、卒業の今日は、春の兆しの見える、寒い日のこと。



1006 (2)



両親と待ち合わせをして、病院近くのファミレスにゆく。
両親も、とてもとても幸福そうにしているのが、嬉しかった。

父がふと、レストランのテーブルについたとき
「おまえが病院で、手術を決めて来たって、告白したときも、ここだったな」と言う。
ワタシもそれを思い返していた。
偶然にも、案内されて座ったテーブルも、あのときと、同じ。

起承転結のための始まりの『点』をつけた場所に、
最終のときに、また終わりの『点』をつけに、来たような気持ちになる。

それはまるで、ラテンアメリカの文学のようだと、素敵に思う。
『点』の始まりから、くるっと円を描いて、最初のところに戻る。
始まりと終わりの連結に、永遠を、思う。

ワタシの片側顔面痙攣の始まりと終わり。

医師によると、人によっては、2年間ほどの間、
痙攣が治まったと思ってもまた出て、またじき治まって。
そういうことを繰り返す場合もあると、言われた。
なので、ワタシもこの先のことは、まだ分からない。
ワタシにすべきことは、ただただ、今を喜ぶこと。

執刀担当医等に、感謝を。
看護師さん方々に、感謝を。
入院患者の、ご親切にして下さった皆様に、感謝を。
いろんなことに、感謝を。



1006 (3)



オットに、謝意を。
そして、ちまに、お詫びを。
寂しい思いをさせて、ごめん、だったね、ちま。


入院中、オットが毎日、ちまの写メを撮って送ってくれていた。

それらはもちろん今も大事に残してある。
そして、それらを見るとき、ワタシの胸は、いっぺんに苦しくなる。
ちまの顔と様子が、どの写真も、悲しそうに見えた。
おかしなことだけれど、その写真を見ると、
今、たった今、ちまを膝の上に抱きながらも、ワタシも悲しくなる。
涙がにじむほど、切なくなる。
寂しい思いをしたであろう、ちまのことを思うと、
今完全に密着している、ちまを、無性に切なく思って、強く抱く。

数センチも、ちまと離れていたくないと思う。
1日たりとも、ちまと離れたくないと思う。

あの日の頃の、写メは、本当に筆舌尽くせない、哀愁を思う。
ちまに泣く。
目の前にいる、ちまを思って、また涙する。

ちま。
悲しかったかい。
ごめんね。
もう、ずっといっしょにいる。離れないで。



1006 (5)



かたときも、離れないでいよう。


自分の平凡な日常は、自分のためだけにあるのではないんだな。
そう、少し、思うようになった。

ふつうの暮らしをしていることで、
実は、実に、オットにもちまにも、ふつうでいて貰えることを、知る。
両親にも、そうだと、知る。
義父母にも、友達にも、そうだと知る。
(あ、仕事先もだ←一応社会人として。勤め先のことは、つい忘れそうになるけど)

ふつうの毎日にも、感謝を。


ちまも、ふつうで、いて欲しい。
いつまでも。



1006 (4)



ご声援下さった皆様、本当にどうもありがとうございました。

おかげさまで、すこぶる順調な回復をして、
このたび晴れて、通院すらも、卒業となりました。

執刀医にも「ふつうに暮らして下さい」と言われています。
(ただ、真夏に汗などかくと、傷口がチリチリするかも、なんてことは
 言われていますけれども)

よわい四十路も過ぎて、これからいろいろ
体調の不具合など出るかと思います。
それもこれも、この片側顔面痙攣の入院・手術を思えば、穏やかそうだな。
そんなふうに、思えます(笑)

体調のことは、全般焦らず騒がず、
でも、ちょっぴりジタバタしながら、暮らしてゆこうと思います。

いろいろ本当にありがとうございました☆
皆様も、どうぞ日々お達者でお過ごし下さい。




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2013.11.26 23:03|受:ワタシ病気録
数日前。
勤務先から、指定の診療所にての、健康診断へ行って来た。

それは、街中にある古びたビルの中にある診療所で、
契約している会社の社員等の、簡易健康診断を引き受けている、
”健康診断引き受け診療所”といったところ。

小さな部屋で、すべて流れ作業で、人の空いている隙間の間に、
ちゃっと聴力検査をしたり、体重測定をしたり。
(入室しょっぱなに、医師に問診されてビックリ。
そういうことは、すべて検査後じゃぁないの?!)

それでも。

ワタシは、ふわっと、ノスタルジックな気持ちになっていた。

白衣をまとった看護師さんらが数名いて、
それを見つめているだけで、先日の入院の日々を思い出して。
さらには、血液検査用の血液採取をされたときにいたっては、
その気持ち、MAX。

「懐かしい・・・」

あのときの、病院関係者の皆さんに、
大事にして頂いた日々。
こんな風に、入院・手術のことを思うことが出来て、
これはある意味、シアワセなことかもしれない。
そう、思いながら、古ぼけたビルの1室での、
流れ作業診断を、受けた。

この数日後には、本物の病院での、また外来受診が待っていた。
早いもので、もう1ヶ月が過ぎたのだなぁと思う。


帰り道、自転車でふと通り抜けた場所にあった、
ドーナツ店に、立ち寄る。

雑誌によく紹介されていて、もともとはパン屋さん。
そちらには、美味しかったので、しょっちゅう買出しに行っていたのだけれど、
方向転換されて、今ではドーナツ店に。

きっと美味しいに違いない、と確信していたけれど、
営業時間にいつも間に合わず、買えずにいたお店。
思いがけず、寄ることが出来て、にんまり。

お店はとても洒落ていて、店内も素っ気無いくらい、シンプル。
イマドキの若者が思う”美”は、こういう感じが”素敵”なんだろうな。



1105 (5)



もちもちした食感と、味わいのある粉に「おぉ~☆」
やや細身のこちらのドーナツ。
素朴というだけには収まらない、コクとテク有り。



1105 (6)



そして”本物の”病院へ、外来受診にゆく。


朝から久しぶりの、青空。
ときおり、霧のような雨が舞うけれど、不愉快ではなし。

バスと電車を乗り継いで、1ヶ月振りに向かう道中は、
何だか、とても不思議な気持ちになっていた。

立派な、予約着き・外来受診患者なのだけど、
患者という意識が、改めて病院へ向かうと、ずいぶん希薄になっていた。

先月向かったときは、もっと強烈な”ノスタルジー”的感情が
込み上げていた。
まだまだ入院・手術の経過とそのときの”今”は、密接な感覚でいたし、
実際、傷口のひりひりした痛みも、首筋のダルさも十分強かったから。

でも、さらにひとつき経った”今”では、
もうそういう手術で受けた肉体的ダメージも、
ずいぶん緩和されて来ているし、
何より、問題の顔面痙攣自体が、優しくなって来ている気がする。
だから、なんだろうな、と思う。

穏やかに、おだやかに、平癒への道のりを歩き出した気がする。
有難いことだなぁと、思う。




1105 (8)



病院は、毎度お馴染みの具合で、早朝から大混雑していた。

予約している時間を大幅に超えて、ようやく
脳神経外科の執刀医と面談。

1ヶ月振りのご挨拶を、あらまししてのち、
執刀医の目前で、またお馴染みの、顔面を「ぐーっと閉じて、パッ!」を、する。

痙攣が、若干、出る。

口元を強く動かすと、まだまだ右目がぎゅーっと引きつれる。
耳鳴りも、する。

でも、医師は穏やかに微笑まれて、
「うん。良い方向に向かっている兆しは有りますね」
ワタシも、そう思いますと、心からの感謝を述べる。

何もかもが、先生方の何度も強く強くおっしゃっていた
『日にち薬』なのだ、ということを、
ここへ来て、心底実感しているということも、心から伝える。

口元の筋肉と、目元の筋肉は、とても密接なのだそうだ。
出発地点の根幹が、同じだと。

「たとえば手をこう折り曲げると、
小指だけ曲げて下さいと言われても、
人によっては横の薬指も、一緒に軽く曲がるということ、あるでしょう。
そういうことも、顔面神経にも、あるのです」と。
なるほど。


「だけど、ここでまだ確定しないでおきましょう。
人によっては、完全に痙攣が治まったと思っても、また
ぐーっと出て来る方もいますから。
治り方は本当にまちまちですから。
ただ、良い方向は見えて来た、とだけ、言いましょう」と、先生談。

来月の都合が、ちょっと分かりかねる状況だと伝えたら、
年明け1月中にまた受診してと、指示されて、退室。
こうしてまた少し、痙攣に関する観察時間も、ゆるやかになるのだなと思った。


ただワタシの実感している”耳鳴り”については、
医師とうまく疎通出来ない感じに終わった。

ワタシが、この体感している耳鳴りの音を、
”飛行機に乗っているとき、キーンと来るような感じ”と説明したら、
医師は「うーん」

顔面痙攣で引き起こされる”耳鳴り”の音は
血流が流れるときに起こる音だから「ザザザザー」だと。

う、うーん…は、ワタシの方こそ。
「キーィン」と「ザザザー」に、そんな大きな差異があるとは…
症状を医師に伝える(もしくは、とにかく他者に説明する)ことは、
本当にただでさえ、難問。
その上、擬音までとなると(苦笑)

でもまぁとにかく、それもこれもすべて『日にち薬』
そう、お馴染みの言葉を胸に。
唱えて日々やってゆこうと、思う。

次に医師と面会するまでに、またもう少し、良くなっているといいな。

ちなみに、傷口のむず痒いチリチリした感じは、
”皮膚の再生中”の具合だと、医師より聞いて、これも、なるほどと。
「皮膚の神経は、切って縫合してから、繋がり合おうとして
神経組織が伸びて、再生するのです。
これは神経で唯一、再生する能力をもつものなのです。
その際の、むずむずです。
それは、半年くらいは、あると思いますが、
再生の途中ということですから、辛抱して下さい」とのこと。

かさぶたの治りかけのカユみと、同じなのだなぁ(笑)と思った。



そして、そのあと。

入院中お世話になった、相部屋だった皆さんのお見舞いに向かう。
今度は、外来患者から一転、入院患者さんのお見舞いビトになる。

外来病棟と、入院病棟とをつなぐ、長い長い長い通路で、パチリ。
写真で見るよりも、実際は、もっと、広くて、長い。

この通路を歩くときも、先月よりも、より”見舞い客”気分が強くなっていた。
時間の流れを、また思った。




1105 (7)



ナースステーションで、見舞い客申請をする。

ワタシのことを覚えていて下さった看護師さんが、
受付で「○○さんは、おととい退院されましたし、
△△さんは、えーっと、今朝退院。
でももしかしたら、まだいらっしゃるかも」と。

看護師さんと、△△さんのいらした病室へ、急いで向かう。
その途中途中で、すれ違う看護師さん数名の方々と
慌てながらご挨拶。
「お元気そうで何より!☆」などと、
お声かけ下さっている最中、△△さんを呼び出して下さって、
まだいらしたおかげで、ぎりぎりセーフ!
間に合ったー!

ご主人が今にももぅお迎えにいらっしゃる、というときの
本当にギリギリでお目にかかることが出来て、
お互いワッ!となって、歓喜の手を握りあった。

ワタシは、この皆さんには、訪ねたら、
どうにか入院中にお会いできる、という意識が有り過ぎた。
2~3週間の治療、1週間の退院の繰り返しをされているので、
よほどの都合でない限り、たぶん会えると、そう思い上がっていた。
反省。。。

「次の入院で4クール目だから、終わりやの。
年内に治療が全部済む予定になって、ものすご嬉しいの」と。
マスクをされていたけれど、両目が微笑みで細まっていらした。
本当に嬉しそう。
ワタシも、すごく嬉しかった。

「訪ねてくれてありがとう。嬉しかった!
ルゥさんも、具合はどう?少しずつ良くなっている?
見違えるように元気そうで、良かったぁ」と、
また本当に、いつものように、お優しくて、暖かい。

「今度の入院で、○○さんも私も、4クール目やから、終了やの。
でも、それでほんまに終わったらえぇのんやけどね」と、
ほんのちょっとだけ、微笑みの中にも、弱気な言葉を口になさった。

それは、ワタシの想像だけれど、分かる気がした。
ワタシの外科手術のように、モノを挟んでおわり、ではないガン治療。
経過観察が数年は、あると聞く。
気持ちも乱れる日も、これからも、おそらくおありだろう。

それでも「もうゴールは見えてるしね!頑張る」と。
そして。

「こんな年でも、まだ生きることに未練あるの。
まだもう少し生きたいなって。
まだもう少し生きてたいなって思うの」と。

ワタシは、そう朗らかにおっしゃる△△さんの姿に、
ダッと、涙が出そうになったけれど、
いけないいけない、今日これからめでたい退院のとき!
湿っぽいことは、なし!と、そこはグッと耐えました。

来月12月中は、ワタシは外来受診が消えてしまったので、
一応これで年内病院訪問は終了したと、△△さんに伝える。
「良かったねぇ。○○さんにも来月伝えとくわね。
私だけがルゥさんに会えた~ゆうたら、○○さん、
悔しがらはるわ~」と、笑って下さった。

そのとき、一瞬メールアドレスの交換を申し出ようか、と
頭に浮かんだのだけれど、止めた。
はっきりとした意思を持って、止めたのではないけれど、止めておいた。

このままするっとここでサヨナラ、がきれいなのかもしれない、と。

それでいながら、心はものすごく揺れた。
でも、お付き合いなどとご負担になっても、と。
(ワタシの母が、極度の遠慮しがちビトなので、
好意を寄せられると、とたんに有り難さゆえの気疲れするのを見ているので、
母と同年代のこの方々には、それゆえ若干気を配ってしまう)
とにかく瞬時に心ぐらぐら。

ただ「来月○日に、○○さんは再入院で、
私はその2日後に再入院やの」と言われたことは、聞き漏らさず。

メールアドレスはおろか、ご住所も存じ上げず。の、
入院期間中のほんの数日間の、出会いだったこの皆さん。
これで消えていいものかどうか、ワタシだけが、煩悶中。。。
病院も、個人情報保護の観点から、何も教えてくれないし、
かかわることが出来るとしたら、もう来月上旬しか、確実は、ない。
ちょっと考えよう。


でも。

ワタシの顔面痙攣で受けた手術も、少しずつ、時が流れた。
少しずつ、過去のことになりつつある。

まだまだ痙攣は継続するものだけれど、
それでも、手術前に比べると、ずいぶん軽減されている。
だから、大満足ではなきにせよ、満足はしている。
(完治すれば、100点満点の花まる大満足!だけど)

相部屋で、ほんの少しの間だけだったけれど、
擬似家族にように過ごして、ご親切にして頂いた、皆さんにも、
ひとしく同じだけの、時間が流れた。

一時ではあるにせよ、退院されて、
次の入院があっても、それでとにもかくにも、
抗がん剤投与の治療は、終了になる。
それだけ、耐えた時間が、流れたのだし、
また次の時間の流れがある。

どんどん、過ぎてゆく、時間が、そこここに、ある。

それらすべてが、ハッピーだといい。
誰もが望むハッピーであると、いい。

病院は遠いものになりつつあるけれど、
でもやっぱり、病院へ向かうと、
辛かったときに感じた体験から来る思いが、湧き出てくる。
この立ち上る感情は、日常の中からは生まれて来ない。
だから、この顔面痙攣での入院・手術は、
ワタシにとって、かけがえのない財産になったと思っている。



ちま。

愛しの、ちま。

ちまにも、たいへんな思いをさせたね。
いろいろどうもありがとう。

ちまは、ワタシが入院を始めて、3日目の夜更けに、
ワタシの居ないお布団の上で、突然泣いたと、オットから聞いている。

「そんなこと、ルゥが留守する前も、
今も、ただの一度も、ないよね」と、オットとついこの間、話題にした。
ちまなりの、新しい体験をしていたのだと思う。

もう、辛い思いからの発露のような、
新しい体験は、ちまにはさせたくないと思う。

また、ワタシだっても、
オットから送られて来る、ちまの写真を見ることは、したくない。
いつでもそばで、触れていたい。




1105 (1)



ちまちゃん、ごきげんでいて。
ワタシもそうありたいし、オットにもそうあって欲しい。




1105 (2)



両親にも、義父母にも、姉家族にも。
友達にも、ちょっとした知り合いにも。
ブログでお見知り置き頂きたい方々にも、ごきげんであって欲しい。

もっと言い出せば、電車で目が合って
微笑んで下さった女性にも。
バスで席を詰めて下さった男性にも。
どなたにも、誰にも、等しく、そう願っています。

病院へゆくと、本当に、そう、心から思います。
(やっぱり有り難い場所なのだなぁと、つくづく思います)




1105 (4)



ご近所の花も、落ちて朽ちて、枯れた。
冬が来るんだなと、知る。

1ヶ月経ったのだなと、知る。
時間の流れを、目にもって、知る。

本当に良い経験をしたと思う。




1105 (3)


日にち薬を思いながら、気楽に痙攣と付き合います☆





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2013.11.02 21:30|受:ワタシ病気録
片側顔面痙攣の入院・手術+自宅療養=1ヶ月。
お休み頂いていた職場に、11月1日戻りました。


職場の<ほとんどの>皆さんは、暖かく出迎えて下さり、
たくさん、いたわりのお言葉を貰い、
たくさん、思いやりの心を頂戴しました☆
感謝の気持ちでいっぱいになりました。

でも、そーでナイよ~な人も、中にはあって。

悪意を持って”そんな”感じ、というコトではなく、
他人がどうでも<興味無し>というのが、真相な気がします。

「1月の間、どうもたいへんご迷惑をおかけしました。
また頑張りますので、宜しくお願いいたします」
そう言うコトバに「あ。はぁ」
めったと会わない、接点もない、夜の学生バイト君でも、

「大変だったそうですね」
「もう大丈夫なんですか」
「無理しないで下さいね」の、どれかは、言ってくれましたが。

立派な立場の【おとな】でも、それがポッと、口に出ない人は出ないんだなぁ、と。

でも。
それもこれもすべてひっくるめての”社会”なんだよなぁ、と、思います。



左を向いては…



1021014 (2)



むー



1021014 (1)



右を見ては…



1021014 (4)



ぬーん



1021014 (3)



いろんなことが起きます。
良いことも、ときに、そうでないことも。



1021014 (5)



いろんなひとがいます。
良い人も、中には、残念なひとも。

そういうの、ぜんぶまとめて、社会。



1021014 (14)



ちまと、公園で、一緒に走りました☆

何気なくふらり、立ち寄った早朝の公園に、
思いがけず誰もいなくて。
ロングリードは持参していなかったのですが、
通常リードで、ワタクシ、必死のパッチで(笑)走るの、付き合いました。



1021014 (6)



1021014 (7)



ワタシだけ、ふらっふらです(苦笑)
ちまは、大歓喜で、猛烈ダッシュを繰り返します。



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1021014 (9)



ちまも、毎日を、奮闘しています。

喜んだり悲しんだり、嬉しかったり苛立ったり。
いろんな気持ちで、奮闘していると思います。



1021014 (10)



生きるってことは、そういうことなんだと思います。
前向きでもなく、後ろ向きでもなく、
ふつうに、そういうことなんだと思います。

でも、ちょっぴり”社会”では、
ガンバリも必要だったりすることも在ります。
それは、きっと、ちまだって、同じ。

だから、ちまと一緒に、ちょっと、ときどき、
「フンガー!」と、燃えたりしようと思います。



1021014 (11)



1021014 (15)


走りに無我夢中になる、ちま。
燃えると、ときに、ヘン顔に(笑)

頑張る、ちまの、ヘン顔が、
ワタシもオットも、大好きです☆




何でもない葉っぱを、パチリ。
何でもなくても、暮らしてます。



脳外科手術から、ほぼ1ヶ月経ちました。

ものすごく、劇的なまでに早く感じた、この1ヶ月間でした。

職場の皆さんは、ワタシに傷口の大きさを見て、
ぎゃー!と叫んで下さったり、ゾワゾワ恐れて下さったり、
あるいはすごく興味深く「じっくり見せて!」と言われたり。
たいへん面白い、ちょっとした『珍しいモノ鑑賞』祭りのような、
職場復帰の日となりました。

ワタシにとって、とてもいろんな意味で、記念になりました(笑)☆

11月度ということで、職場は早くも年末モードがチラホラで、
忙しくなる前夜、という感じで、すること・やること目白押しでした。

思っていた以上に、ワタシは通常な具合で、疲れも無く、
ドタバタ駆け回り、の、あっという間の一日で、
1ヶ月間、入院手術したことが、自分でも「ウソみたい」と思います。


痙攣と耳鳴りは、相変わらず、地味に継続中です。
でも、のんびり、やってゆこうと思っています☆



1021014 (13)





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京都のすみっこから、オットとマルプー・ちまとのんびり暮らす日常を気ままに綴ります。

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