両親へ捧ぐ思い。

2015.04.27 21:19|日記
ワタシの家からごくほど近くに住まう、義父母に、
届けものをしに、両親が、訪問。
そのついでに、ワタシの家にも来てくれた。

ちまは、大・大・大歓迎で、大歓喜!のおおはしゃぎ☆
両親も、そんな、大ハッスルのちまに、グデグデのトロットロ。

ワタシの両親は、高齢者になって来たけれど、
基本、ハッピーな人々なので、だいたい元気いっぱい。

訪問日は、京都市内は早くもな、夏日で、相当気温高。
そのせいか、いつもより割り増しで元気で、
「あっついー!!!」
「めちゃ暑いわー!!!」と、わーわーガヤガヤ。
にぎやかこの上ないうえに、
珈琲と、用意していたバームクーヘンとラスクを、
ハツラツに、もぐもぐ。

両親の元気な様子は、本当に、嬉しい。

久しぶりに来てくれた、両親のわが家での滞在時間は、
毎度おなじみの、ほんの1時間程度。

ごく近所に義父母がいるので、
「娘宅といえども、長居は気が引ける」と。
昔むかしの”嫁がせた家側の遠慮”の名残を、
両親は、とても、持っているから。
(義父母はちっとも気にしないのに)

昔の日本人の、心構えというか。
「どこにも迷惑をかけないでいること」を真情にしている。
両親が登場すると、義父母も『歓待』をしようと、動き出す。
それを一番、ワタシの両親は、遠慮するものなのだった。
(※事前にワタシが、両親が○○日に来ることを、
  義父母にちらり、言おうものなら、
  お寿司の手配を!やらお菓子の買出しを!やら。
  簡単なれども、軽い外出着に着替えるし、
  義母は口紅をひくしで、しまったなぁと、ワタシも思う)

そして、娘であるワタシの「せっかくのお休みに、邪魔して悪い」と。

そんなワタシの両親を見ると、
「もうちょっと気楽でもいいのに」と思う。

でももう、いまさらどうにも変えられないのだ。
そういう性分なのだった。



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先日の夕暮れどきのこと。

日が沈んで、でもまだほんの少しだけ
明かりが残るような、時間のころ。

ひとりの高齢女性(母よりはいくぶん年上かと)が、
ワタシの目の前を通り過ぎていた。
そこそこの大きさの、買い物袋を手に提げて、歩いていた。

ワタシは見つめるでもなく、見ていたら、
その女性が、ぐらぐらっと、体勢が崩れて、
通りの竹垣に倒れかかったのが見えた。
「あ!」と一瞬どきっとしたけれど、
すぐまたてくてく歩き出されたので、ひとまずそのまま、静観した。

すると、次は電信柱にぐらぐらっと、もたれ掛かられた。
ので、これはいけない、と思い、お声かけした。

「大丈夫ですか。
よろしければお荷物、ご自宅までお持ちします」
そう言うワタシに、驚かれつつも、
満面の笑みで、
「ありがとう。でも結構です」と、おっしゃった。

すぐワタシは、分かりました。
「この女性も、母と同じひとなのだな」と。

ご遠慮なく、とさらに申し出たけれど、答えは同じだった。
「いいえいいえ、本当にどうもご親切に。
もうすぐそこなので、結構です」と。

「わんちゃんの、楽しいお散歩の最中なのに。
気にかけて貰って、ほんと、ごめんなさいね」と。

それでも、もう一度ワタシは申し出てみた。
お持ちしますと。
でもやっぱり、遠慮なさった。

「年のせいなの。腰がどうにも痛くて。
でももうどうにも出来ないのです。
だからといって動かないと、ますます駄目になるでしょう?
だから少しづつでも、こうしてぼつぼつ、歩いているの。
リハビリのつもりです」

そう、にこにこしながらおっしゃったので、
ワタシは、そうですか、と返事をしながら、心中複雑な思いはあったものの、
その女性の言葉を、尊重した。

その女性の姿が見えなくなるまで見つめたけれど、
ずいぶん、きっとまだ、ご自宅までは、あったと思う。

ワタシの母も、その女性も、義母もそう。
もう少し、他人に甘えること、学んで生きて来ていたら、
もう少し、楽に暮らせただろうに。
そう、思って、切なかった。



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詩人・茨木のり子氏の評伝『清冽』を、
読んでいて、また同じ思いを持った。

氏は、ご主人に先立たれ、お子さんのないお住まい暮らし。
ある日、連絡が取れないことを不審に思った親戚が、
自宅を訪ねると、寝室のベッドの上で亡くなっていた。

部屋には、血の着いたタオルやティッシュが落ちていて、
郵便物が床に散らばっていたという。

検死の結果。
【郵便物を取りに行って戻るとき、軽い脳溢血におそわれた。
その際転倒をして、頭を強打して、出血。
それでも自力でタオルを頭にあてて、止血を試みた。
寝ていたら少しは良くなると思った可能性あり。
そうこうしている間に、脳溢血の第二波が来て、死去】
そういう推測が導き出されたという。

氏には、たいそう親しい甥御さんがいて、
その方が「高齢だから、緊急用に」と、携帯電話を贈っていた。
使用料金の引き落とし先は、甥御さんの銀行口座。
でも、たったの1度も「おばからの使用料金の
引き落としはありませんでした」

自力でベッドへ行けるなら、緊急電話の1本、出来たと思う。
でも、それを、潔しとしなかった、茨木のり子氏。
震えるほど、まさに”清冽”なひとだったのだと思う。

ワタシの母も、携帯電話を持たない。
姉が何度も持たせようとしているが「いらない」と言う。
わが母も、氏ほどではないけれど、
”清冽”さを持つひとなのだった。



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両親が、ちらりとでもわが家に来てくれると、
帰った後、しんみりする。
何歳になっても、この気持ちだけはぬぐえない。
両親が持って来てくれたお土産の、紙袋や包装紙を
ゴミ箱に捨てることは、翌朝まで持ち越す。
なんとなく、しんみりの思いが強くて、すぐさま処分出来ない。

ちまと、最寄のバス停まで、見送ったことも、
それから何回も、思い出す。
両親の乗ったバスの姿が見えなくなるまで、見つめ続けた。

いったいいつの頃から、親の姿を見るだけで
泣けて来るようになったのか。

両親が、勝手に気ままに、暮らしてくれていることに、感謝しつつ。
迷惑をかけてくれたらいいのにと、思う。

あの日のあの女性も、次にもし、会ったら、
荷物を持たせ、運ばせてくれたらいいのにと思う。



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面倒をかける。
迷惑をかける。
両親には今後、せめて多少なりとも覚えてほしいと、思う。



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迷惑でもなんでも、いつでも来て。
ちまと、待ってるからね☆(とここに)





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コメント

Re: 鍵コメント様へ

鍵コメント様、

お立ち寄り下さり、ありがとうございました。

親にはいつだって、すこやかで楽しく日々
過ごして貰いたいですよね。
そんな風に思うようになるとは、
幼い頃には思いもよりませんでした。
親が”年老いる”こと。
それ自体、想像出来ませんでした。

自分自身も年を重ねてゆき、
周囲にも、どんどん、川岸の向こう側へゆく人が出て来て。
此岸と彼岸が、本当に近くなって来たと思います。
川の姿そのものが、もはや、近く感じたりして。
それでも、やっぱり、親にはいついつまででも、と思うのです。

お互い、親のことをいろいろ思いを寄せながら、
穏やかに参りましょう。

暖かい思いのたくさんのお言葉、
こちらこそ、胸に沁みました☆
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京都のすみっこから、オットとマルプー・ちまとのんびり暮らす日常を気ままに綴ります。

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