片側顔面痙攣:入院中に思ったよしなしごと。

2013.10.25 15:13|受:ワタシ病気録
ワタシくらいの年齢のひとなら(四十路超え)たぶん、
多くの人が、今もつい『看護婦』さんと言うと思う。

でも世間では『看護師』さんと呼ぶようになっているようなので、
声をかけるときには、一瞬とどめてから『看護師』さん、と口にしていた。

これも現代の”職業上の男女平等”から来たことだと思うけれど、
なかなか馴染めないままだった。
総称や表記としては”看護師”で統一して、
お呼びする際には、
女性の看護師さんのことは『看護婦』さんで、
男性の看護師さんのことは『看護氏』さん…なんて感じで。
どうかなぁ、なんて、思っていた(笑)


看護師さんにも、当然だけれど、いろんな方がいた。

ワタシがお世話になった総合病院は、大規模な部類の病院なので、
看護師さんの総数は、結構いらしたと思う。
フロアで2チーム編成されていたので、
最後まで、どなたの名前も覚えることが出来なかった。
(しかもワタシはかなりの近眼なので、眼鏡着用でも、
世界はめっぽう、曖昧だから)

でも、日々、看護師さん達のお世話になっていると、
じょじょにパーソナリティが掴めていった。

テキパキさん。
おっとりさん。
どすどすさん。
シャキシャキさん。
あわてずさわがずさん。
おしゃべりさんに、無口さん。
それに、瞬時に機転の利く人もいれば、さほどそうでもナイ(苦笑)人もいたり。


興味深かったのは、点滴の差し替えのとき。

今回のワタシは、手術後、数種類で何袋もの点滴が有った。
なので、腕には極細のナイロン製のような針が、
ずっと刺さったままで、袋だけを差し替えて、点滴していた。

とても几帳面な看護師さんは、点滴を差し替えるとき、
各差込口とか、チューブの口の辺りとかを、サササッとコットンで拭かれた。
(きっとアルコール除菌綿)
また「最近ではこうするんですよ」と言われたのが、
ちょっと冷えた、透明の液体(食塩水?)が入った、細い注射器で、
ちゅーーーっと、次の点滴をぶら下げる前に、ワタシの腕に注入される。
(そうすることで、前の液体の停滞をほどき、次の点滴が
入りやすくなるのだそうでした。すごい細やかー!)

これらは、する看護師さんとしない看護師さんがあった。
ルールブックとして、決まりはないのかもしれないけれど、
でも何となく、患者のワタシとしては、それをしてくれる看護師さんの方が、
すごく丁寧な医療配慮だなぁ~と、内心大人気だった(笑)


さらに。

たいがいの看護師さんは、点滴やそれにともなうグッズ類を、
台車に乗せて来るのだけれど、それだけを手に、来る看護師さんもいた。

点滴を取り替えて、空いた袋を『ぽーーーんっ!』と、
ワタシの寝ているベッドの足元へ、放り投げた看護師さんもいれば(笑)
一連の作業を、しとやかにしずしずと交換する人もいて。
人柄が出ているようで、とても面白かった。




ワタシが大部屋でご一緒させて頂いた、ガンによる長期治療中の
みなさんと、おしゃべりしていて、
先生にも、人気・不人気があることを、ちょっと知った。

不人気な先生の理由は。
「先さき、いつも思わせ振りな言い方、しはるねん(苦笑)」

抗がん剤治療などの投薬のとき、
事前に血液検査等をして、数値が良ければ治療開始で、
数値が思わしく無ければ、治療の予定が少し変わるらしい。
その”少し変わる”でも、次のステップへの移行もずれ込むし、
それで退院までの日数も、もしかしたら、ずれ込むかもしれない。
長期治療・入院の患者にしたら、ちょっとのことが、大きな存在。

「数値は多分良いと思うから、治療やりましょうとか、
一度なんか、退院はいついつで大丈夫だと思いますよ、
なんて言わはって。
先生にそう言われると、期待するやん?
数日の違いやろけど、期待するもん」と。

元気つけようと、医師はしているかもしれない配慮が、
ときに、患者をしょんぼりさせていたりするのだなぁ、と知る。


また「聞いたことしか、答えてくれへん」という先生も、不人気だった。

ワタシはどちらかというと、質問したことにさえ答えて頂けたら、
それで十分☆と思うのだけれど、
この辺りは、個人差があるようで、とてもデリケートな問題だと思う。

先日テレビの報道番組で”街の名医”と取り上げていた医師は、
患者のつぶやきのさらに奥側まで、汲み取って、説明していた。
一通りのことを、医師が説明し終えたときに、
患者が「…」というような、不明確な態度をしていたら、
それを察知して、その症状についての他の例や、
それにまつわる諸症状への対処法など、細かく説明をしていた。
それでようやく患者は、晴れやかな様子になって、退室していた。
なるほど~確かに名医と呼ばれるにふさわしいかも。
患者側の不安を、軽減してくれる、医師の存在は、とても大きい。

ご年配などの患者さん等は、なかなか”先生”に
物申すようなことは出来ないだろうから、
先生側から不安な気持ちを汲んでくれると、有り難いだろうと思う。
この辺りは、やっぱり個人差があるだろうから、
やっぱりとてもデリケートな問題だと、本当に思った。



それから『イキモノ』の存在の大きさ。


病院だから、もちろん『動物』はいない。
でも、病棟の外にひとつ小さな溜め池があって、
そこにいる”金魚”が、患者さんのアイドルになっていた。

入院期間が長い患者さんは、その金魚たちが
うんと小さかった頃から知っていると。
「今ではこーんな大きくなって」と、笑ってらした。
「金魚だけど、近寄れば寄って来るの。すっごく可愛い」と。

金魚は、本当にたくさんの患者さんの憩いで、
パンの残りなどを、エサにあげる人が増え過ぎたらしく、
ある日から【エサを与えないで下さい】看板が立ってしまった…と、
皆さんいっぺんに、ガッカリされていた。

患者さんの中には、わざわざ”金魚のエサ”を購入して来て、
毎日あげていた人もいたそうで、
とにかく皆さん、しょんぼりされてしまった。

ワタシはそのとき「イキモノの持つチカラって、すごいなぁ!」と
ものすごく感心した。
水の中に生きる金魚でも、この憩いパワー!
だとすれば”毛皮着用”な、肌にぬくもりを持つ猫や犬などが、
セラピーに一役買う!というのは、
本当にすごい効力を発揮するだろうなぁ!と、実感。

慣れない多くの人々に会い、触れられることは、
実は『動物』達には、ストレスが有る場合もあると聞いたけれど、
でも、長期入院などの患者さんには、
本当に(イキモノ好きな方々には)心からの楽しみになると思った。

日本ももっと『動物』と病院の距離が、近くなればいいのになぁ。
そう、とてもとても思った。



それからやはり、一番思ったことは『死』について。


ワタシの同室の皆さんは、つねに『死』をそばに思っていらした。
”この治療が済んでも、また再発したら…”
その不安を、同じ治療中の皆さんが
お互いに叱咤激励し合い、助け合い、支え合ってらした。

「私ね、今まで風邪ひとつ引かへん丈夫な人やったん。
でも、定期健診で肺に悪いものが見つかって。
受け入れられへんかった。
治療中の今でもまだ、正直ゆうて、受け入れ切れへんの」と、
笑いながら涙ぐんでおられる方もいた。

公共スペースの食堂で、お茶など一緒にしているときに、
1度、お亡くなりになった方を乗せたベッドが通るのを、見た。
医師や看護師さんが、そのベッドが通られたとき、
皆さん深々とおじぎをされていたのを見て、
食堂に居た多くの人が、しんみりされていた。


でも。

ワタシだって”今は”何ともないだけで、近い将来
どうなるかなんて、神様しか知らないことだ。

例えば、ガン細胞は誰しも持っているそうで、
それが何らかの具合で、ガン化するだけだと。
だから、ワタシだって”明日はどっちだ”の身といえる。
そう、入院中に、以前よりも、ものすごく思うようになった。


言い方はヘンかもしれないけれど、
『死』をそばに思っているひとは、とてもひとに優しいと思う。

同室だった皆さんは、ご自身が本当につらい治療中なのに、
外科手術でへろへろになっていたワタシに、ものすごく優しくして下さった。
たくさんご声援を下さり、たくさん激励も下さった。
一進一退の体調にも「大丈夫大丈夫!」と応援して下さり、
ワタシの退院も、わがことのように、喜んで下さった。
自分がしんどいときに、ひとに優しく出来るのは、
本当に、生きる”一瞬一瞬”を、大事にしているからだ。
そう、ものすごく感じた。


入院中にあれこれ読んだ本の中で、特に印象に残ったもので、
ひとつは『徒然草』

その中で【大病ひとつしたことのない、めちゃんこ健康な人とは
本当の仲良しにはなれない】(←ワタシの超訳)とあった。
これは、鋭い意見だなぁ(笑)と思った。
ワタシも小さく、吉田兼好に同意する。

それから、もうひとつには『腰抜け愛国談義』
作家・半藤一利氏とアニメーション作家・宮崎駿氏の対談集。

その中に、半藤氏が、東京大空襲の戦禍の中、
川に落ちて溺れ死ぬ寸前に、見知らぬ人に
小舟に助け上げられた。
みんなが自分の命を守ることだけに精一杯のときに、
人助けのその親切!それが1度目のひとの奇跡の親切。
2度目の、ひとの奇跡の親切が、その翌朝。
これまた見知らぬ人が、裸足だった半藤少年に、靴をくれた。
大空襲のあとの一面の焼け跡は、裸足ではとても歩けない。
それを、そのとき、見知らぬ少年に、貴重な靴をくれた人が居た。
それが、ひとの奇跡の親切の2度目の出会い。

このことが、半藤氏を、ひとに優しく出来るひとに、した、と。

そして作家・堀辰雄。
宮崎氏が、人生最後の作品にした映画『風立ちぬ』の、原作者。

その堀辰雄も、東京大空襲で、川に溺れた。
堀辰雄は、近くを通る舟に助けを求めた。
そのときに、堀は見知らぬ人に、舟から突き放された。
そしてその後、知人の乗る舟が通りががり、救い出された。

堀辰雄は、生涯、ひとに、とても穏やかで優しい人だったという。

宮崎氏はこの”見知らぬ人から突き放されたことが、
堀辰雄の優しさを生み出したと思う”と言っていた。




今回のこの入院・手術で、
ワタシは、ひとに誠実でありたいと思うようになった。

ワタシの職場には、ものすごい大病を患い、
何度も入退院を繰り返したと公言しているのに、
残念ながら、まったく温情を感じさせない人がいる。
たぶんもともとの品性がイマイチなのだと思う(苦笑)
そういう人のいる社会へ、またワタシも、戻る。
いろんな人が居る。
でも、暖かくて穏やかで、思いやりがあって、優しい人もたくさんいる。
ワタシ自身がどうあるか、が大事なこと。
そういうことも、今回、学べたと思う。


姉が携帯電話で撮った写真を、今頃送って来てくれた。
(ベッドで、悶絶で卒倒中のように横たわるワタシも、多数:苦笑)
これは、術後2日目くらいだと思う。

今でこそ、この渦巻き・ボファボファ頭は、笑える(笑)

傷口写真も多数あるけれど、ものすごく強烈な映像で、ホラー映画並み。
ゾワゾワ人をさせたい思いは有るものの(笑)
記事に貼り付けは無しにして。


いろんな思いを、忘れないように、という
大切な1枚になると思う。






0151008 (2)




のんきに、気長にやってゆこう。






0151008 (1)







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