片側顔面痙攣:退院の日

2013.10.24 16:01|受:ワタシ病気録
10月1日に入院をして、14日(祝)に退院の日を迎える。



若くて穏やかで優しい、脳神経外科の医長は、
14日は出勤しない予定と、当初言われていたのが、
完全抜糸をして洗髪したあとの、傷口の様子を確認するために
「来ます」と言って下さったので、
退院の朝のその日も、お出会い出来た。

「傷口は問題ないです。
かさぶたは、無理に取らないようにして下さい。
しばらくは、お手洗いなどでの強い”いきみ”と、
強い鼻かみはしないように、気をつけて」ということが、
入院中での、最終の指示になった。
そして、いつもの「あせらず、気長に(笑)」を。付け足して下さった。


この医長医師には、本当にお世話になったなぁと思う。
毎日毎朝毎夕、きっちり様子を見に来て下さったことは、
不安だらけの病院生活の中で、本当に、心の拠りどころだった。


とある朝のこと。

血圧を測りに来た看護師さんが
「○○先生は今日、これから手術があるから、
今朝は、お忙しくて、来られないかもしれないですよ。
だから傷口テープの交換も、もしかしたら夕方になるかも」と、
言われたけれど、先生はもうとっくに、早朝テープ交換に、来て下さっていた。
そう告げると看護師さん、びっくりで 「はやっ!!!」

そしてまたその日の夕方、いつもの時間に、回診に来て下さった。
「今まで手術なさっていたんですよね」とお聞きすると、
先生はふつーのお顔で「そうです」と、にっこり。

お医者様って、本当に『超人』だなぁ!と、心底つくづく感服して、
改めて敬意を持った。
先生への感謝の気持ちは、計り知れない。



看護師さんも、どなたもが、本当にご親切だったことも、
それに匹敵するくらいに、感謝したい。

早朝でも深夜でも、いつでも嫌な顔ひとつなく、
動き、手伝い、支えになって下さった。

「痙攣、どうですか」と、どなにも、気にかけて頂いた。
食事を摂れるようになっていったときには、
「良かったですー」と、ガッツポーズをして下さる看護師さんも。

本当に、ものすごくものすごく大変なお仕事だと思う。
過酷な労働内容だと思うし、拘束時間も過酷だと思う。
それでも看護師さんとして、働いておられる。
家族でも友達でも無いのに、いろいろ
暖かいご配慮を頂いて、本当に頭を深く下げて、
感謝の思いを伝えたい。




退院する時間は、ワタシの希望に添うと
看護師さんに言って頂いていたので、
朝一番にあたる朝10時頃に、退院させて頂くことにする。

オットと両親が9時過ぎに迎えに来てくれて、
最後の退室の忘れ物確認などを、看護師さんとする。

今後の外来診察予定の予約表等を、
看護師さんが渡してくれたので、
これにてもう退院しても構わない、ということになり、
10時を待たずに、出ることにした。


大部屋の、治療続行中でおられる皆さんに、
思う限りの御礼を申し上げて、部屋を出る。
「良かったね」と、何度も握手をして下さって、
そのお気持ちのお優しさに、泣いた。


午前中いっぱいは、先生方をはじめ
看護師さんもみなさん、すること山積みなようで、
ナースステーションにも、ほとんど人影も無い。
唯一おられた看護師さんに、
くどくど御礼を申し上げて、エレベータに向かった。



2週間過ごしたフロアのことが、たった2週間ではあったけれど、
ワタシにとって、とても大事な場所になった気がした。
暖かくておおらかで、清潔で安心出来る、場所。
そして、とてもとても、すべてのことが、有り難かった場所。





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病院をあとにするときにも、痙攣と耳鳴りは、
少し出たり消えたり、を繰り返していた。
手術前よりは、度合いは軽く感じるけれど、
それでも”術後ピタリ治まって完治!”が、退院時の理想だったので、
やはり残念なのが、正直な気持ちだった。

でも、オットが。

「先生方に、手術で最善の処置をして貰ったから、
今まで以上に痙攣が”悪化”することは、もう防げた。
そう思ったら、例え症状が今までと同じでも、
手術して良かったと思う」と言ってくれた。

考え方、受け止め方ひとつで、気持ちも上向きにもなる。
オットのこの言葉は、とても優しくて、
今のワタシには、本当に嬉しいものだった。




今後は、脳神経外科の外来患者として、診察を受けて、
先生方と、当分の間、お会いすることになる。

入院中、執刀医の話の中で出て、知ったのだけれど、
この神経を圧迫していた、血管の蛇行具合などは、
ワタシが生まれたときからの、形なのだそうだった。

「脳内の神経や血管の配置や蛇行具合などは、
生まれたときから、同じなのです。
身体の成長と共に、配置が変わるということは無くて、
そのままなのです」と、言われた。

つまり、生まれたときから、ワタシの神経と血管は、
すでに触れ合っていたということ。
若い頃なら血管も弾力性が有って、触れていても
その振動が、痙攣として表面にまで出ないで済んでいた。
でも、加齢に伴い、血管も硬化し始めて、それで、発症になったと。

それを聞いたとき、いつかはこうなる、折り込み済みの、
『ワタシの人生』だったのだなぁ、と思った。

ワタシの暮らしを、自分が覚悟すること。
自分が受け入れること。

長い付き合いになりそうな、このワタシの片側顔面痙攣。
のんびり付き合ってゆこうと、思う。





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自宅へ戻り、日常に帰る。


先生からも「いつもの通りに暮らして下さい」と
言われていたので、病院で使った品々の
あと片付けなどしたりしながら、ちまとのんびり過ごす。


でもその後。
何だか、ふつふつと、寂しい気持ちになって来る。

時計を見ては「今頃病院では、お茶いかがですかの時間だな…」
などと思い、いつも配って下さった方々の笑顔が目に浮かぶ。


今頃、血圧測定の時間だった。
今もし居たら、お部屋の皆さんと、食堂で談笑だな。
今日はシャワー、午後からの日だ。
そろそろ先生の夕方の回診の頃だ…などなどなど。。。
病院で過ごして来た、2週間の毎日の流れが、
何だか妙に、しみじみ、懐かしくて懐かしくて。

先生方や看護師さんにも、姫君のように大事にして頂いたし(笑)
そして何より、毎日毎日、両親に会えていたこと。
それが切ないくらいに、懐かしく思った。
日に、朝晩の2度。
多いときなら3度、両親に会って、一緒に過ごしていた。

りんごを剥いて貰い、おでこに冷えピタを貼って貰い(笑)
ごはんの世話をして貰い、手をにぎにぎして貰い続けて。

ワタシが母に「子どもの頃に戻った気がする」と言うと、
母も「孫のおばあちゃんから、久しぶりに母親に戻った気がするわ」と
言っていた。
両親の愛情を、ワタシはこの2週間、独り占めのように、一身に受けていた。
入院・手術という、たいへんな事態ではあったけれど、
それは、実は本当に、少女の頃のような、暖かく幸せな日々だった。


自宅に戻ったとたん、もう、すべてが遠い昔のことのように感じた。
ほんの、数時間前までのことなのに。
点滴をしていた箇所だけが、まだちょっと痛むこと。
それだけが、昔と今をつないでいるようだった。



夜、母に御礼の電話を改めてしたとき、
この気持ちを伝えたら「なに言ってるの」と笑い飛ばされた。

「覚悟を決めて望んだ手術が、無事終わって。
また毎日、しっかり頑張りなさい」

そう言われて、受話器をおいたあと、ちょっとだけ、
切なくなって、泣いた。


良い経験をしたと思う。

これからは、誠心誠意、親に真心を返す。
義父母にも、オットにも、返す。
まったく見ず知らずの方だったのに、
いろんなご恩をかけて下さった、皆さんにも、返す。

そして、ちまにも、ありがとう!





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