片側顔面痙攣・術後5日目~7日頃

2013.10.20 01:52|受:ワタシ病気録
術後5日目~7日目頃



脳神経外科の医長医師の、毎朝の傷口テープ交換の時間が来る。


先生は土日祝日問わず、毎日来て下さる。
早いときで、朝7時半頃。
遅くなっても、朝8時半までには、必ず来て下さるし、
夕方はだいたい毎日5時頃には。

両親やオットも、そしてもちろんワタシも
「先生はいったいいつお休みなのか」と、話題沸騰になっていた。


先生はものすごく真面目だけれど、堅物という感じではないので、
思い切って「クダラナイかもしれないこと、お聞きしても?」と、
先生はいったいいつ休むのか、尋ねてみる。
すると、こう答えられた。

「基本的にえーっと、休みは無いです…ね(笑)
でも、そんなことはどうだっていいのです。
僕は患者さんが少しでも良くなられれば、それが一番いいことなので」と。


泣かす!!!感動!!!(感涙)
お若いのにご立派!


何だかひとりでこの感動を持っていることが惜しくて、
次から次へと、しょっちゅう様子見に来て下さる
看護師さんたちにも、このお話を伝えてしまう。
でも、どの看護師さんも口々に
「○○先生は、ホンットにお優しい先生ですから!☆」と
身をよじって一緒に感動される。
そうなのね!
いやぁもう病院中の決まりごとなんだなぁ~なんて、
ベッドに横になりながら、感動の余韻に浸る。



夕方の医長の回診のときに、
「明日くらいからもう、どんどん動き回って下さい」と言われる。

「術後の安静時期は、そろそろ終わりで。
ただ傷の痛みや、首筋はかなり切っているので、痛いと思うので、
無理をしない程度に」とのお言葉。


頭を切開した傷口の所よりも、むしろ、
ワタシは首筋が、ものすごく痛かった。
首から頭のてっぺんに向けて”ズッキーーーン!”と。
電流のような激痛が走ることは、なかなか治まらない。

身体の倦怠感とかそういうモノは、もうなくなってはいたので、
十分動けることは分かっていたけれど、
ベッドの上に座っても、椅子に腰掛けていても、
とにもかくにも、頭を支える首筋自体が痛むので、
横になっているのが、一番ラクだった。

けれど、先生が”動け”と言われるのだから、動いた方がいいに決まってる。
明日から頑張って、動き回ろう。





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翌朝、違う病棟にある売店まで、買い物にゆく。

歩くと”ズーン”と、傷口に、響く。
ふらつくことなどは、まったく無い。
ただ、切られた右側が、ずしーっと異常に重く感じて、
頭だけが、右側の後ろの方へ方へ、引っ張られる気がした。

ずっとものすごく酷い”寝違え”状態のよう。
首がうまく回らないし、肩こりも加味されて、
とにかく身体の『右側』は、違和感だらけ。
これも”日にち薬”と、心の中で呪文のように唱える(笑)



動き回っているうちに、通りががった食堂で、
入院当初ご一緒だった、大部屋の方々に声をかけて頂く。


ワタシが手術に向かう朝、
皆さん部屋の外まで出て下さって「頑張ってね!」と
暖かいご声援でお見送りして頂いて、ものすごく感激した。
落ち着いたら、ご挨拶に伺おうと思っていたので、
お会い出来て嬉しかった。


皆さんは我がことのように、ワタシの手術の無事と成功を喜んで下さり、
本当にその暖かい思いに、また感激した。
もう少しだけ落ち着いたら、大部屋の皆さんのもとへ戻ります!
食べ物の匂いに、胸がむかむかするということは、
まだ引き続き残っていたので、特別個室から
一般の個室に移動をお願いしていたので。
そう皆さんに宣言をして、食堂をあとにした。




首から下ならシャワーをしても良いと、医師から言われていたので、
個室の特権のひとつである、シャワーをする。
頭はまだまだ洗えないけれど、身体が清潔になるだけでも、
ぜんぜん爽やか気分が違う。

また、個室のおかげで、面会時間の制限がなく、
両親や姉家族が、各自都合の良い時間に、覗きに来てくれる。
これは本当に、ワタシにも気が楽なことだった。

両親は毎日、午前に1回、夜の7時過ぎにもう1度。
1日に2度は、ワタシの希望する、食べられそうなモノを持って、
様子を見に来てくれていた。



術後には、ピタリ!止まっていた痙攣が、また再発したことは、
両親はとてもとても残念がって、そして、とてもとても落胆していた。

それは、ワタシが自分が凹むより、辛かった。
ワタシはワタシのこととして、すべてを受け入れようと
気持ちの切り替えが出来るけれど、
両親の場合は、そうはゆかない。
「変われるものなら変わってあげたい」と、何度も言っていた。
親の思うわが子への思いの強さを、感じる。
ありがとうという気持ちと、心配かけてごめんねという気持ちが入り混じる。
でも、先生方の言葉をきちんと受け止めて、
両親にも気長に気長に、と、ワタシなりに、何度も説明をする。
時間がすべて解決してくれることを、この両親のためにも、願った。




食事がまだ不十分ということで、午後から日課のように、点滴。

でもふとしたときに、看護師さんが
「ルゥさん、お食事出来れば、点滴終われるかもしれないですよ」と言われ、
俄然やる気が出る。

食べねば!
食べよう!
食べるのだ!

看護師さんに、明日朝から病院食の手配をお願いする。
そして、先生には、点滴を止めて貰うのだ!
頭は相変わらず痛いけれど、とにかくこの煩わしい点滴とおさらばするのだー!と
とにかく、鼻息荒く、猛烈に奮起する気持ちになる。




朝6時、採血。


術後の炎症等ないか、確認のために試験管サイズを1本(苦笑)
健康診断では無いので、勿論何度採血されても、結果は知らない。
ただ「炎症も無く、良好です」とだけ、毎回言われる。


入院して採血をされるたび、看護師さんに
ワタシの血管が、細くて採血しにくい、とつぶやかれる。
これは入院中、よく聞いた台詞。
ある看護師さんには採血のあと
「かなりハイレベルな採血でした!」と、苦笑されたりもする。
良い実施体験として、血管を提出出来て、持ち主のワタシも嬉しい(笑)

だんだん看護師さんたちと、他愛の無いおしゃべりが、
ワタシも出来るようになって来たので、
そんな採血のとき「慣れるまで恐ろしくはなかったですか?」などと聞いてみる。
その看護師さんは、少し手を止めて「うーん…」
遠い過去を思い出されるようにして、
「うん。慣れるまでは、緊張しましたね!」と言われる。
そして。

「最初の最初の採血のとき、患者さんに”これが最初の採血なんですが、
採らせて頂いてもいいですか”って、聞いたんですよ。
そしたら、かなりの人数で”嫌です”って断られたんです(笑)
でも”どうぞ”って、言って下さった患者さんがついに現れて。
私、今でもその患者さんのお名前、覚えています。
忘れられませんし、一生忘れません


大部屋で一緒になった、皆さんのように、
入院期間が長かったり、治療の経過観察のためになど、
採血されることが頻繁にある患者にとって、
針を刺されることは、1度でも、負担の重みが違う。

血管に針を、刺すたび、血管壁は痛むだろうし、
採血以外にも点滴等、とにかく”針”でしょっちゅう刺されているのだから、
看護師さんの申し出に”嫌だ”と断った患者さんの気持ちは、
ワタシも、分かる。

でも、最初の1歩は誰にだってある。
ワタシを執刀して下さった脳神経外科の先生だって、
毎朝毎夕回診に来て下さる医長先生にだって、
最初の手術はあったのだし、それは誰にでもある”初めの1歩”
永遠のテーマだなぁと思う。



頭を洗えない日々に、悶々とし始める。


匂いに敏感になっているワタシの、最大の敵、
それがワタシ自身の”頭の臭さ”が、大敵になる(苦笑)

寝返りを打つたび「ぷぅ~~~ん…」と、皮脂油やら
ホコリ臭さやらが、鼻について嫌になった。
頭に、ブルーチーズでも乗せている感じ。
毛も汚れでコテコテして来て、
お見舞いに来てくれるオットが「ばっちい感じー」と
ものすごく汚いモノを見るようにして、ワタシを見るのが腹立たしかった(苦笑)


朝の執刀医と医長の、傷口テープ交換と消毒のときに、
ようやく抜糸の日を、正式に?言い渡される。

「抜糸をしたら、シャンプーして貰って構いません」と、先生。
早くその日になりますように!と、指折り数え出す。
ちまに会いたいという切ない思いより、以上に、
もはや、頭の中は『シャンプーしたい!』欲望と願望でいっぱい。
病院で、ちまより、夢中に思うモノが出来てしまった(苦笑)


首筋の痛みと、ときおり”ビシーッ!”と走る
電流のような痛みは、相変わらず。
後頭部右側に、重りが付いて引っ張られるような感じも、継続中。
肝心の痙攣と耳鳴りも、残念ながら、発症続行中。
でも、少しずつその間隔が広くなっている気がする。

気長に気長にと、唱える。



母の親友なおばちゃま達が、お見舞いに来てくれた。

母がたまたま電話で、ポロリと、ワタシの入院・手術を
ひとりのおばちゃまにつぶやいたとたん、連絡網作動!
(無事成功して、退院の日が見えた安堵感から)
おばちゃま達は、飛んで来てくれたのだった。

ありがとうございました☆
おばちゃま達にも、このお返しは必ず!


お花は周りの皆さんに、香りなどがご迷惑だと面目ないので、
夜に来た両親に持ち帰って貰う。

匂いがダメなはずのワタシだけど、花の香りは心地よかった。
少しずつ”大丈夫”になって来ている自分を感じた。

先生方のおっしゃる通り『日にち薬』だということも、感じた。




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コメント

日にち薬ですね。

過酷な闘病記を読ませていただいて、こんなに辛い中にも、ルゥ様の感動や気力そして優しさが伝わってきて、温かい気持ちになります。
今さらですが、ルゥ様に「頑張ってね。」と心の中で声援を送っています。
これから手術をされる方は、この闘病記を読まれて、辛い時期も「日にち薬」で良くなっていくことがわかって安心すると思います。
術後間もないのに、ご自分の闘病記を、こんなに克明に書けるほど、短期間に回復されつつあるということが、何よりの証です。
もっともルゥさんだから書けると思いますが。
ヘタレの私だったら、数か月間は、意識モーロー状態でヘロヘロになっていることでしょう。
それから、ルゥさんの闘病記を読ませていただいて、私の身内が大手術をした時の病人の心理がわかって、救われた思いがしました。
今は亡き身内ですが、術後の辛い記憶が勝っていて悲しい思いをしてしていたのですが、当事者はこのような気持ちで頑張ったことが分かり安堵いたしました。
ルゥ様、ありがとうございます。
辛い手術を乗り越えて、まだお辛いとは思いますが、きっと良い方向に行くはずです。
お母さまのご親友の方のビタミンカラーのお花、ステキですね。
元気になってね。の気持ちが伝わってきます。
優しい方々に囲まれて、幸せですね。

Re: お優しいコメントをありがとうございます☆

そら太朗ママ様、

お優しいコメントをお寄せ下さり、ありがとうございます☆
ご声援いただけています事も、本当に感謝しております。
ありがとうございます!☆

術後の経過は、体調としては良いのですが、
肝心の痙攣や耳鳴りは、出たり消えたりのウロチョロで、
正直申し上げて、あれだけの苦痛な手術に向かったのになぁ…と
しょんぼりすることもあるのですが、
先生やオット、そして勿論そら太朗ママ様のおっしゃって下さる魔法の言葉
『日にち薬』!☆
それをココロのおまじないに、しています。

> 今は亡き身内ですが、術後の辛い記憶が勝っていて悲しい思いをしてしていたのですが、
当事者はこのような気持ちで頑張ったことが分かり安堵いたしました。

今回ワタシ自身、とても貴重な体験をしたと思います。

自分は、大変に辛い。
入院もしているし、痛い手術だってしている。
お見舞いに来てくれる家族は、すごく有り難い。
気にかけて下さる看護師さんたちも、感謝。

でも、ときに思ってはいけないようなことも思いましたし、
言わない方が良いのに、と分かっていることも、言ってしまったりしました。
例えば、頻繁に様子見に来て下さる看護師さんにも
「今ようやく寝かけていたのに…」なんて、
暖かさに感謝するどころか、がっかりしたり。
家族にも、心尽くしの持参してくれる果物にも
「こんなにいっぱい食べられないのに…」なんて、ため息ついたり。
手術後は、本当に自分自身、感情がいろいろ揺らいで、
自分自身も、あとから反省したりして、辛かったです。
家族もつらい、自分もつらい。
でも、またいつかきちんと気持ちがもとに戻ったら、
またいつもの家族に、いつもの自分にも、戻ることが出来る。

病院や入院や手術や、という事柄は、
本当にさまざまなことを、当人にも家族にも
思わせるし、考えさせるし、感じさせるものだと思いました。
その瞬間に、そのあとに、そのうんとうんとあとに、と、
分かる・理解する・納得するなども、時間が大いにかかわっている事も。
それは、すばやく出来るかもしれないし、何年も過ぎてからかもしれません。
とにかく、いろんなことを、知った気が、今、しています。
彼岸のひとのことも、此岸のひとのことも、思いが募ります。
貴重な、経験でした。

そら太朗ママ様の、お気持ちあるコメントにも、感謝しております。
知ることは、生きる糧だなぁと思います。

ありがとうございました!☆





> ルゥ様、ありがとうございます。
> 辛い手術を乗り越えて、まだお辛いとは思いますが、きっと良い方向に行くはずです。
> お母さまのご親友の方のビタミンカラーのお花、ステキですね。
> 元気になってね。の気持ちが伝わってきます。
> 優しい方々に囲まれて、幸せですね。
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