未来永劫、平和でありますように。

2015.08.13 03:38|日記
広島、長崎の平和祈念に思いをよせ、合掌。

戦後70年ということで、
例年以上、連日連夜、
テレビ番組では、戦争についての放送がいっぱい。

見渡す限り、録画をして、
時間のある限り、立て続けに毎日、それを観ています。

当時、日本国民全員が、壮絶な戦争の中、
日夜奮闘されていたことでしょう。
その中でも、
映像の向こう側にいた、特攻の若き青年。
軍服を日々、工場で縫いに縫っていた少女。
そんな、彼・彼女らの映像を観ると、
恐ろしい映像に息苦しくなりながら、
切ない思いになって、胸が詰まります。

国のためにと、命の焔を燃やしていた、
まだ、幼さすらある、17歳の少年や、
まだ、あどけない、15歳の少女たち。
ほんの。
ほんの、青春の入り口にたったばかりの若者たち。

当時のことを語ってくれている皆さんは、
もう、超のつく高齢者になっておられていて、
【戦争の語り部】=ご高齢者と、思ってしまうけれど、
その語る、戦争体験者の皆さんは、
当時、やっぱり、ほんの、ほんの青春の扉を開けたばかりの、
ほんのほんの、若い若い、若者だったのだ。
そう改めて思うと、
本当に、辛苦の青春時代だったことだろうと。
やっぱり、どうあれ、胸が詰まって、切なくなるばかりです。


オットの両親は、ワタシの両親より、一回り年上です。
ワタシの両親も、十分高齢者になりましたが、
それでも”戦後生まれ”で、戦争を知りません。
生まれ育ちは「ものが”あんまり”豊かには無かった」
そんなふうに、過ごして来ているようです。
むしろ「無いものは、無いもんね」というかのような、
開き直った”無さ”が。
それは、未来へ繋がる”今は無い”だったかのような。
さほど込み入った悲愴な影が、ない。

でも、オットの、特に父親は、超高齢者なので、
終戦のとき、若者でした。
いろんな体験を、した、若者でした。
(ただ、京都在住だったので、比較的
戦火の恐ろしさは逃れていたようでしたが)

義父は、平素穏やかで、愉快なひとですが、
オットと結婚して、まだ間もない頃。
とあるときのオットの身内での宴席で、
声を荒げたことが1度、ありました。

会食中、ふと、とあることから、
義父が戦争時代を語りだしたことがあって。
真面目に聞いていたのですが、義父の話が止まらず。
コース料理の食事中だったので、
次のお食事が運ばれて来たため、
つい、目の前のお料理に気をとられた瞬間、
「ちゃんと聞かないかッ!」と。
ものすごい剣幕で、大声をあげたのです。

「ちゃんと、聞きなさいッ!話はまだ終わってないッ!」と、
大きな大きな声を出して、
食事によそ見していた身内たちへ(もちろんワタシも含む)
激高したのでした。

お酒もある場だったので、酔いもあったろうと思いますが、
それ以後、義父から戦争の話は聞いていません。

その後、オットなどがなだめ、注意をし
(楽しい宴席なのだから、などなどと)
義父も、話を収束したのでした。
でも、本当に、激高していたのでした。

ワタシの両親が語る「ものが”あんまり”豊かには無かった」ときの
戦後生まれの人々と、
戦中に生まれ育ち、戦争を青春時代過ごして、
あらゆる過酷な経験をした人々と、
決定的に違う感情や思いの”何か”を、
ワタシは遠巻きに、見て、感じた、体験だったのでした。


テレビに向かって、目がそらせず、
ただただ切ない思いで、涙を流すばかりのワタシ。
その涙は、うすっぺらい。


ちまが、そばにいます。

人も言語を絶する苦労をしたと思います。
人ではないけれど、いきものたちも、
大変な思いをしたはずです。

ワタシは、平和の中に暮らしています。
ちまも、平和の中に、過ごしています。

とてもとても幸せなことだと、思います。



0809o (4)



知人は、夏の旅行に、オランダや北欧の旅へ出かけました。
知り合いは、夏の登山に、富士山へ向かいました。
友達は、東京へ観光旅行へ出向いています。

オットもワタシも、職場へ向かい、
ごはんを食べ、コーヒーを飲み、おしゃべりをしながら、
ばかばかしいテレビなぞ観て笑い、
愛犬と散歩へ出かけ、季節の様子に関心を寄せて過ごしています。
本当に。
思えば、ものすごく、平穏無事です。
思えば、ものすごく、有難いことなのだと、思い直します。



0809o (3)



戦後70年。

そういうことで、とにかく報道が盛んなこのところですが、
テレビガイドの雑誌を見ると、
8月15日以降の番組編成では、
パタッと、ほとんどのチャンネルから、
戦争関連報道番組が、消え、通常の感じの構成になっていました。

こういう、妙な”熱しやすい感じ”の、表現ではいけない気がします。
70年だから、の今ではなく、
いつも近くに思うこと。
そういうあり方の、報道であったり、情報提供であったり、が
これからの未来のために、大切な気がするのでした。



0809o (2)



先日。

京都の西の空は、
遠雷が轟き、空の色が不思議な色彩になっていました。

向こうは、ものすごい、赤色。
隙間は、こころときめくような、青色。
その境目は、雨を含んでいるような、重い、さび色。

穏やかに、のんきに、この先もずっと、
こんなふうに、空を眺めたり出来る日々でありますように。

出来れば、それが、この世の多くのひとが、
そうでありますように。
すべてのいきものにも、
すべてのいきもののいきざまを
素直にまっとうに、全うさせられる世界でありますように。



0809o (1)





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コメント

No title

今年は例年以上に戦争関連のテレビ番組が目につきますね。
私も毎日何かしらの番組を見てしまいます。
戦時中20代だった方々が今90代。
ご本人たちの話をテレビを通してとはいえ直接聞けるのも本当に今が最後の時期だと思います。
あと30年もすれば終戦から100年。1世紀も前の話になるんですね。
戦争を体験した日本人はこの世にはいなくなるんでしょう。
亡くなられた人、犠牲になった多くの動物たちのご冥福を祈ります。
そして恒久の平和をすべてのいきものたちへ。

Re: お立ち寄り下さりありがとうございます

mari様、

お立ち寄り下さり、ありがとうございます。

思うことがいろいろありますよね。
本当にmari様のおっしゃるように、
”恒久の平和をすべてのいきものたちへ”に賛同致します。

穏やかな世界でありますように。

お久しぶりです

私ごとですが… 妹と私の誕生日は終戦記念日です。誕生日は平和について考える日でもあります。子供の頃、毎年両親の実家にある京都で過ごしながら親戚に囲まれて終戦記念日に誕生日を祝ってもらっていました。亡くなった祖母に終戦記念日がどんな日であるのか、戦時中はどんな感じであったのか…そんな話をされながら過ごした記憶が残っています。私が祖母に聞いた話を、せめて息子くらいには語りついていかなくてはと思いつつも、体験をしていない自分の話など…そうです、うすっぺらい感じがします。でも!平和であることの尊さやありがたさなど決して忘れてはいけないことですよね。「恒久平和をすべてのいきものたちへ」私も賛同します。

Re: お立ち寄り下さりありがとうございます

ゆきママ様、

お立ち寄り下さり、ありがとうございます。

終戦記念日がお誕生日。
何か深い思いが、生まれますよね。

ワタシの友達は、広島原爆投下の日が誕生日です。
その友達の仲良しさんは、長崎原爆投下の日が誕生日だそうです。
ふたりは、それぞれいろんな思いで、
広島・長崎の平和記念の日に、心寄せています。

毎日、穏やかに暮らしていることの有難さを感謝することは、
本当に、大切なことですよね。

>「恒久平和をすべてのいきものたちへ」私も賛同します。

この思いを、世界中で共有出来れば良いですよね。
そういう日が、いつか来ますように。
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