2017.04.23 06:27|受:ワタシ病気録
※ こちら、ちまと無関係の内容です。
  ご無用の方にはすみません。


片側顔面痙攣の、再手術を決意して数週間。

そして先日。
執刀担当医と、最終段階の面談。
入院予定日と手術予定日を決める段取りのために、
脳神経外科を再度受診をしました。

その病院は、全国でも一定評価のあることで、
結構上位に、名を連ねることのある、大病院。
脳神経外科も、相当な執刀実績を年間誇る。
執刀担当になる、お医者も、自信に満ちていました。
でも。
でもね。
アタシは聞きたかったんです。
医師側にしてみれば、くだらない質問かもしれないけど。
聞きたかったのよ。
いろいろと。


先生。
手術の前にお聞きしたいことがいくつかあるのですが。
医師 「どうぞ」

○再度の再発、ということはまたあるものなのでしょうか。
医師 「そんな。
    未来のことなんか、誰にも分かりません」

○いつか左側顔面も、起こりえるのでしょうか。
医師 「そんなことは、誰にも平等に起こるかもしれないものです。
    あなたにまた起きるかもしれませんし、
    でも私にだって可能性はあるのです。
    誰にも未来は分かりません」

○前回の手術の、施術法が前回はあーゆう感じで、かなり
イレギュラーな処置をされてしまった私ですが、
今度して頂く方式は、再発リスクの少ないとされている
”吊り上げ方式”など、なのでしょうか。
医師 「そういう予定です」

○リスキーだと言われる、テフロンクッションなどを
挟み込むなどは、なさらないということでしょうか。
医師 「そういう予定です」

「というかね」医師。
はい。
ワタシ。

「そんなことはあなたが考えなくてもよろしい。
こちらがすべて良いように全部やりますから。
こちらの判断に任せて下さい。
適時的確な処置をしますから」


手術の日程ですが、いつがよろしいか。医師。
○日以降は、一応仕事の予定は空けています。ワタシ。
じゃあ○日にしましょう。

の、○日があまりに直近だったから、
ワタシは正直動揺してしまって。
この日かこの日かこの辺りか、どれが良いか?
みたいな提案も、くれると思っていましたから。
ズバッとその日、が入院手術のいきなりとは、思わなかったから。
即答出来ず、えーっと、ですね、と答えたら。

「優柔不断は良くないですよ!
そういうの、まったくだめです!
前を向いて行きましょう、前を!」


「○日以降いつでも良いとあなたが言ったじゃないですか?
じゃあ○日で、と私はただそれに答えて言っただけですよ?
優柔不断はダメです!
それにね。
もうそんな、あれこれ考えたりする時間は、
今までにもう十分あったでしょう!
そんなことはもうとっくに終えていないと!
前を向いて行きましょう!前を!
前向きに行かないとダメですよ!」


先生。
先生はきっと、
すごく立派な人生を歩んで来ておられるんでしょうね。
子供のときからとっても優秀で。
立派な権威ある大学を出て、ビシッと順調に医学博士になって。
辣腕の腕前と、卓越した手術のセンスで、
医療界の上位へ登りつめている。

ワタシはたぶん、甘やかして欲しかったんだな。
今度こそ、ちゃんとした医者にかかって、
今度こそ、きちんと根治を目指す。
無念の再発をしているもんだから、その思いはいっそう大きい。
再発してるもんだから、いろんな不安も恐怖も、莫大に、大きい。

ワタシはそう。
優しく甘やかして欲しかったのよ。
大丈夫ですよ、と優秀な医者に、
なんなら、背中のひとつでも、撫でて欲しかったのよ。

大丈夫ですよ。
ご心配なさらずに。
私がきっと治してあげます。
再手術ということで、不安もいろいろおありでしょうが、
私が全力で執刀しますから。
安心して任せて下さい。

手術の方法は、このような方式で行く予定をしています。
何ならご家族の方にも、ご希望あればお話します。
この方式だと、こういうリスクが減ります。
また、逆にこういうリスクが生じることもあります。
でも、最善を尽くしますから、心配なさいませんよう。
一緒に、頑張りましょう。


幻想。
甘いファンタジー。

たぶん、こういう巨大病院では、難しいことなんだろうな。
それが一番、難しいことなんだろうなと、思います。
ワタシは、大勢の患者の中の一人に過ぎない。
ワン オブ ゼム。
ワタシがかの”宮崎駿”氏や”小泉今日子”氏だったら、
話も違っただろうなあ。
まあね。
それが率直な人情ってもんだ。
人間ってもんだと思います。

前の執刀医は、術方はダメダメだったし、
こうしてあえなく再発の憂き目にも遭わされてるから、
もう断固恨み節!(悔涙)なのだけれど、
思い返せば、このズルズルべったりした”感情”ところだけは、
じゅうぶん充実してたなあ、と(苦笑)

「あなたが納得行くまでお話、お聞きしますし、
どんなことにもお答えします」
から始まって、事実、延々面談してくれていました。
家族も次回呼んで交えて、と、
この片側顔面痙攣についての解説をしてくれたし、
執刀する施術方法もね、ずいぶん話してくれました。
ダメダメの術法だったけど!(怒&失笑)

良い医者って、どんなのをいうのかな。

オットに聞いてみました。
そしたら、ひとことこう言いました。

「治す医者」

そりゃそうだ(苦笑)

ワタシの、今度の再手術にあたり、の、
この執刀医の態度について、
オットは、ワタシがナーバスになり過ぎてるとも、言いました。
それほど凹まなきゃならんような物事は、医者は言ってないと思う、と。
どれもある意味、ふつうのことを言ってると思う、と。
ワタシが、諸々説明不足に感じることも、
オットに言わせたら、
素人が四の五の言わずにこっちに任せておきなさい。
悪いようにはしませんから、だけなんじゃないのか、と。
何もその医者が、冷酷無比とかなんて、思わない、と。
医者は、何も、不遜な態度も、していない。


ワタシは、甘えたかったのです。

こわくない、こわくない。
大丈夫ですよ。
安心して下さい。
ちゃんと治してあげますから。
心配しないで。



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知人のお父さんが、大変な病気になられた。
病気が重いので、有名な病院で診察をして貰った。
そのとき、担当医は、大きな手術を強く薦めて来たそうでした。
お父さんは家族と話し合いたいと、いったん保留に。
そして、再診したとき、
手術を回避する方法は無いものでしょうか、と尋ねてみた。
するとその医師はこう言ったといいます。

「私が最善策だと、こうして手術を勧めているんですから。
この案に同意出来ないなら、
よその病院に行って下さい。
私の選択肢は手術しか有り得ない」

お父さんは、別の病院へ行き、手術を回避したそうでした。
そこで出会った医者は、
手術をいきなりせずに、投薬と食事療法で様子をまず、と。
お父さんは良くもならず、でも、悪化することもなく、
現在、まあまあ普通に暮らしているそうです。
まあまあなんて素晴らしい。
そうワタシは思います。
知人もそう言っていました。
それが最高の医者かどうかは、分かりません。
ただ、知人お父さんや家族にとっては、
<良い医者>になっているということ。

ワタシの姉はカラダの中身の事情から、不妊治療で
長く、産婦人科へ通院していました。
小さいけれど、地元ではそこそこ健闘している婦人科病院。
でも、代表医師には、賛否あったそうでした。
「ズバズバし過ぎてる」
治療法に関して、通院者側から意見出来ないらしい。
「そんなんじゃ、子供なんていつまでたっても授からないよ!」
大きな声で、いつもそれらの声は、診察室の外にまで響き渡るのだそうです。
繊細さに欠ける。
思いやりが足りない。
医者側からは、強い声援の意味合いなんだろうけれど、
ときに辛い言葉になることが、往々にしてある医師だそうでした。
でも、姉は「サバサバしてて、私は嫌じゃなかったわ」
実際、姉は医師の指導と治療のもと、無事計画遂行出来(笑)
立派に2人の子どもを授かった。
だから、姉には<良い医者>

ちまが、ときどきお世話になる動物病院。
そこは、お薬をほとんど出されません。
こちら側が要望すれば、必要に応じてくれます。
オットやワタシは、お薬信奉が無い方なので、これでよし。
でも。
診察待合では、しばしば不平不満が聞こえます。
「これだけ犬がしんどそうにしてるのに。
薬ひとつも出やしない」
「おやつでも食べさせて様子見でって言うけど、
しんどいから、何も食べないって言ってるのに。
薬でどうにかって、なんでしてくれないんだろう」
さっぱりしてていい、と思う患者もあれば、
ツレ無過ぎて愛想なし、と感じる患者もある。

良い医者って、いったいどんなのなんだろう。


ワタシの場合は
この片側顔面痙攣を、
根治で治してくれたら<良いお医者>

「先生どうか、治してください。
この痙攣からワタシを解き放って。
それだけが、ワタシの、ただただひとつの願いなのです」


どれだけ医療が、医学が進歩したと言っても、
最後のところは、人力
その手術の手腕も。
施術や投薬などの選択のセンスも。
研究熱心さも。
そして、患者に寄り添う感情も、すべて、最後は人力だと思います。



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前を向いて行きましょう、前を。from 医者。

ワタシはいつも、ちょっと斜め前です。
真正面は苦手です。
ちょっと斜めが、いい感じなのです。
こんなへっぽこなニュアンス、
敏腕な医者には説明出来ない(失笑)

しかしまあ本当に、
体調がすこやかでないということは、
本当にあれこれヨロヨロになるものだなあと。
つくづく実感しています(苦笑)



なんにもない、ちま。
ありがとう☆

おおらかなオット。
ありがとう☆

ヨロヨロしても、ふたりのおかげで歩いてゆけます。
ほんとにどうも、ありがとう☆



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2017.04.10 02:17|受:ワタシ病気録
結論から言いますと。
再手術はA病院で、と決めました。

決め手の大きなものとして、
開頭手術の年間執刀数の多さ、です。
片側顔面痙攣の執刀数ももちろん、
再手術の患者も多く引き受けていることも大きい。

前回の約4年近く前の、手術のとき。

ワタシなりにネット検索や、情報収集をした気でいましたが、
とにかく”家から近い病院で”が、最重要課題でした。
高齢になる両親のことを考えて。
そう先に記しましたが、
真実は、自分自身の不安払拭のために、だったと思います。


今まで入院した体験も一度としてない私。
不安でいっぱい。。。
さすがに親に添い寝を、とまでは思いませんでしたが、
それでも内実「しょっちゅうお見舞いに来てね」と願っていました。
実際、両親は日に3度4度と訪問してくれ、
用事の無いときには、ずっと付き添ってくれていました。

使用したタオルや下着、寝巻きも毎日交換。
洗濯をしてくれて清潔爽快なものだけを、日々準備してくれました。
母にいたっては、寝巻きまで毎度アイロンがけ!を!
「病院で入院していたら、
どうしてもくたびれて見えるから。
せめて寝巻きくらいはシャキッとしてなきゃ☆」

そう言って、毎回全部ピシーッとアイロンがかかっていました。
2週間、ワタシはまるでホテル暮らしをしたような。
有難いことに、そんな凄い入院生活を送ることが出来たのです。
感謝。
そして、今回は、反省。
そういう周辺のことより、医者選び。
これに集約せねば!と。

それで、受診先を、地元より大きな近県に求めました。

そして、今度は、自分ひとりで入院手術に挑もう。
そう決めています。

ちょっと話は脱線しますが。
ワタシには子どもがありません。
暖かく大いに甘やかしてくれる大好きな両親も、
いつか必ず川の向こう側へ行ってしまいます。
(考えたくないですけども!涙)
そして、オットも。
ワタシより年上なので、たぶんワタシより先にあちら側へ。
そうなったとき、ワタシはひとり切りです。

姉が1人いますが、
姉自身、会社人として、妻として母として超多忙。
姉の家庭、姉の暮らしがあるので、面倒をかけたくない。
どうしてもというときには、頼むこともありましょうが、
極力は考えない。
今回のこの入院手術は、
ワタシの人生にとって、非常に良い事前学習体験になる。
そう、思っています。


図書館で、病気等に関する本を数冊読みましたが、
そのいずれも、家族に大きな負担をかけていると思いました。

家族なのよ、負担だなんて水臭い。
そういう意見もアリでしょうけれども、ワタシは少し違う。
ある著者さんは、半年間、里のお母さんが、
病院のある都会へ越して来られて、看護されていました。
ある方は、妹氏が毎日付き添っておられたり。
とにかく家族全員が総出で、病人と関わっている。
これは、本当のところ、当事者も辛いんじゃないか。
そうワタシは思うのです。
迷惑かけちゃってホントごめんね、と、
常に心のどこかでお詫びしていると思うのです。
長引けば、どんどんそれは、重く深くなる気がする。
勿論、手助けしてくれる家族側にも、諸々負担が…
なので、ちょっと奮闘してみよう。
そう思っている次第なのです。

今ならまだまだ、いざというときには、親がいます。
しんどいのよ、どうあってもつらいのよ、と、
気楽に泣き事を言える、オットも、います。
だから、今なのではないか、と。
体験学習。
奮闘してみようと、思っています。


ほかにワタシが学んだことには。
”ネット情報でヒットして来ないものは、
重要視されていないものである”
ということ。

乱暴な言い方かもしれませんが、そう思いました。
その情報が正確かどうか、詳細をより調べることは必要です。
それでも、ネットにあがっていないものは、それ以前の問題で、
検知の位置にすらないものなのだと、思いました。
ワタシの前回の執刀医の手術法が、
どこにも何らヒットしなかったように。。。

クチコミ情報は、関係者のサクラ意見が往々にしてあったり、
操作されているものも沢山あるだろうと推察します。
でも、それでも、そこから自分で、より慎重に探れば良いのです。

きちんとした病院では、ホームページに
様々な情報公開を載せています。
手術方法や年間執刀数は勿論、
研究内容や発表成果。
研修の様子や、医師の経歴等多角的に載しています。
世にあるであろう情報という情報は、片っ端から調べ上げること。
そこから、実際診察受診をして、
医師へ聞く・質問する・相談する。
そして、判断する。

それからもうひとつ。
周囲の意見も、聞くこと。

悩んでいるとき、人はすべてが弱っています。
そんなときは、考えるチカラも同時に弱っている。
今回、諸々の話を姉に伝えたとき、
姉がこう言ったのです。

「あのとき、あのお医者、胡散臭い感じだなあって思ってた。
アメリカではってなにかと言うのも、どうもね。
ずいぶん自尊心があって、押しの強い医者だなあって思ったけど、
手術を受ける当事者(つまりワタシ)が、信頼してたからねえ。
外野は余計なこと言わないのがいいって思ってたのよ」と。
言っといてッ!!!(滝涙)

でも、そのとおり。
ワタシは当時、その医師のその”押しの強さ”こそが、
頼りがいのあるお医者様の証し、と感じていたのです。
どんな患者も、返事が曖昧で、
「さあどうでしょうか…」だとか「よく分からないです…」
なんて、弱々しい医者になんて掛かりたくないと思うでしょう。
自信に満ちた医者。
当時のワタシには、断然必要だったのです(遠い目…)

評論家の田原総一郎氏の、
お亡くなりになられた奥様が生前、闘病中、
<座るだけで治療になる座布団>なるものを、
100万円で購入していたそうです。
氏がどこかのインタビューで言われていました。
「そんな座布団に座るだけで、病気が治るはずなんかない。
でも当人はそれで治るかもしれないと思ってる。
それを、誰もどうこう言えない」 と。


同じあの医師に執刀して貰って、実際治ったという方がいます。
いるので、これはワタシの想像でしかありませんが、
その方は、もしかしたら施術方が、
ワタシと違ったのかもしれないな、と思います。
筋肉組織を削ぎとって挟む、ことをせず、
当時広く用いられていた、何かの素材を挟み込む方式。
それだったのかもな、なんてぼんやり思っています。
どうあれ、治られているのですから、良かった。
ワタシは無念でしたけど、それとの気持ちはまた別ですから。

今度の病院は大丈夫なのか。
今度の医者は、信用出来るものなのか。

それは、分かりません。
分からない、というのは語弊があるかもしれませんが。
今の段階で、考え得ることは、考えてみました。
片側顔面痙攣の手術に明るい専門医がいることや、
年間執刀数が国内でも有数、という現実において、
「その病院を除外する見解は、あり?」と。
そう思いました。

面談した医師からも、
「年間執刀数がすべてではありませんが、
患者さんにすれば、考えるひとつの目安には
なるかと思います」 そう言われました。



愛犬ちまと、2週間、また離れ離れになる。

これを思うと、本当に切なくて、泣けて来ます。
ものすごく、悲しい。
胸が詰まって、重たいです。
でも、2週間のあとには、
もうもう本当に2度との、離れないことを願っています。
ちまに、苦労をかけてしまいますけれど。
そう信じて。

それから、
思い出すだけで身の毛もよだつあの手術。
頭蓋骨に穴を開けるなんてこと、を
人生で2度もする人なんて、そうそういないでしょう。
悩みました。
でも、残りの数十年間あるであろう、
ワタシの人生において、
「あのときにやっぱり再手術に挑んでいれば
良かったのかもなあ…」
なんて、うじうじ思うことが少しでも「ありそう」
そう思うのだったら、決心しよう、と。

また治らないかもしれません。
でも、
もしかしたら、今度は治るかもしれません。
ギャンブルみたいです。
だけど。
治るかもしれない、という可能性がある、という手術は、
やっぱり、ワタシにとって希望の光だと、思っています。

今月下旬に、病院を再訪して、
執刀医の手術予定日と、ワタシの都合等を
すり合わせることになりました。

片側顔面痙攣で、悩んでおられる皆様。
かのように、
ワタシは再手術することを、決めました。

手術でなくても、どうにか対処してゆく術は、
あるだろうと思います。
あなた様にあった医師、病院に
お出会いなさいますように。
そして、何らかの形ででも、
ワタシのこのへっぴり腰な文字が、ちょこっとでも、
お役に立てば幸いだなあと思っております。

煩わしいこの痙攣を乗り越えて、
へこたれず奮闘して、いきましょう!

(って言いつつ、
へろへろのヨワヨワですけれど:涙笑)




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2017.04.09 15:00|受:ワタシ病気録
※ちまのブログとは、ほぼ無関係な内容です。
 ご興味の無い方には申し訳ありません。

このブログは、基本、
愛する・ちまの、日常を書き散らかしていますが、
<片側顔面痙攣>という症状で悩んだ、
ワタシの日々についても、記事にしていました。
そのため、同じ症状でお悩みの、幾人かの方々が、
鍵コメント等でご訪問下さっています。
ですので今回、その方々へ向けて特に、思いを込めて
文字にしておきたいと考えました。
犬族周辺の皆様におかれましては、その点ご容赦下さい。


2013年10月に、
片側顔面痙攣という症状を消滅させるべく、
開頭手術に挑みました。


が、無念の再発の憂き目にあっていますワタクシ。
この度、再度、開頭手術をすることを、決意しました。
あの悶絶で壮絶な、頭部の痛みと止まない吐き気。
めまいに、苦しみ、辛さ。
それらのことを思い出すだけで、脂汗がにじみます。
恐ろしいとすら思い、涙が出ます。
さらには、再手術をしても完治しないかもしれない。

でも。
でも、その恐怖や不安を凌駕するほど、
ワタシはこの片側顔面痙攣から、解放されたい。
そう強く思うようになりました。
ここまで、決意するのに、2年かかりました。
頭蓋骨に穴を開けるのですから、
そりゃそうだろうよ、と自分自身でも思います。
よくまあ決意したねえ、と。


ここから。
片側顔面痙攣でお悩みの皆様へ。
完全に、ワタクシ個人の事情と見解ではありますが。

【病院と執刀医選びは、くれぐれも慎重に。
くどいくらいに慎重に】


根治は、開頭手術しかありません。
ワタシは無念の再発の身ですが、
きちんとした病院ときちんとした医師に出会い、
執刀して貰えば、

ワタシ個人の意見ですよ。
個人の意見ですが、
この片側顔面痙攣は、治る。
相当な確立で、治る。
そう、感じています。


思い起こせば。
ワタシは、手術をして以来、
痙攣はずっと、結局、止まりませんでした。

術前にあった、まぶたのピクピク痙攣が術後、
若干微弱になったものの、止まっていなかった。
でも、当時の執刀医が強く説明していた、
「2年間程度は、経過観察で。
痙攣がピタリ止まる人もいれば、
2年間程度かけて終息する人もいる」
この言葉に、全力で頼っていました。

でも、ワタシの場合、
まぶた周辺のピクピクから術後、
右目周辺が〝ぎゅうぎゅう引きつる〟
そういう強い痙攣へ、シフトチェンジしたのでした。

これでも、痙攣が日中、時折治まるときがあります。
ものすごく細切れの瞬間のような、時間で、ですが(涙)
だから、不思議なもんだなあと思うのです。
術後、治まる瞬間もあるものの、
痙攣としては、術前より酷いことが増えた。
酷いというか、強い痙攣が増えたというか。
これは本当に、不思議でなりません。
なんでなんでしょう。

この状況で、
以前の病院での再手術ということは、
一切考えませんでした。
それは何故か。
答えは、ワタシの施された医師の施術方法に、
今は、違和感を思うようになったから、でした。

当時、ワタシがその病院に入院先を決めた理由は、
数点ありました。
第一には、
家から程近くの距離にあったこと。
高齢になって来ている両親等が、
ただでさえ心配性MAXなので、
頻繁にお見舞いに来てくれる。
それを思うと、極力近い場所の病院が良かったこと。

その病院自体、地元ではそこそこ大規模の病院で、
どんどん敷地拡大して成長し続けていること。
最新設備も有する病院であったこと。

そして。
ネットで接触させて貰った、同じ片側顔面痙攣の
キャリアでもある地元の方が、
この病院で、この脳外科医で見事完治されていたこと。
(これは本当に当時、心の大きな支えでした)

担当脳外科医も、
大変自信にみなぎった感のある医者であったこと。
特にこの片側顔面痙攣での開頭手術には、
腕に覚えあり。
「アメリカの専門機関に長年従事していて、
世界的権威である○○博士の、孫弟子にあたる」と、
自負&明朗に説明してくれていたこと。
これも、当時のワタシには、心の拠り所になりました。

家から近い。
地元では、そこそこ規模の最新設備のある病院。
米国戻りの、この手術に明るい脳外科医がいる。
完治したという同じ患者さんがいる。
これだけ揃えば、その病院を選んだことは、
もう、なんというか、しょうがない気がします。

けど、残念。
結果は、残念無念、治らず。

ワタシの、その時の執刀医の施術法は、こうです。

「あなたの首筋の筋肉組織を、少し削り取って、
その肉片を、脳幹と接触している血管との間に挟み込みます。
これは、米国で主流にしている施術法です。
これだと、自分の体内組織を用いているため、
いわゆる異物混入の、拒絶反応もまったく出ない。
テフロン素材などの綿やクッションなどを、
接触部位に挟み込むということも、
ケースバイケースで勿論やりますが、
私は極力、筋肉組織を挟む方向でやります」

当時ネット検索をしたとき、
この説明術法に出会うことはありませんでした。
ワタシ自身も、それから、付き添い受診をしてくれたオットも、
当時医師に「肉片だと、癒着したりして、
血流が流れる際の振動を
伝播しないのですか?」と質問しています。
すると医師は自信を持った風情でこう言われました。
「痙攣する原因である、神経と血管との接触は、
ミリ単位のものだから、肉片を挟んで、
紙1枚分程度の引き離しをするだけで、十分なのです」
そう説明されたので、
ふうぬ、そういうものなのかあと。。。。。。

時間は、
過ぎてしまった出来事は、
取り戻すことが出来ない。

これが今回、最大に学んだことです。


今年2017年。
年明けより、徐々に気持ちが〝再手術〟への
思いが強まってゆきました。
この煩わしい痙攣を消滅させたい。
この面倒な痙攣から解放されたい。


そう、じわじわですが、思うことが強くなり、
近隣県で、片側顔面痙攣の手術に明るそうな病院を探し始め、
考えた結果、2院受診しました。
ちなみに。
いずれも、紹介状必須の病院だったため、
(1軒は私設なので、最悪なくても受診可能。
もう1軒は大学病院なので、絶対の必須アイテムでした)
ワタシのかつての執刀医に面談をし、
術法やデータ等提供願い、紹介状を貰おう。
そう考えて、もとの病院へ連絡をしたら、なんと!
なんと!
脳神経外科が消滅していたのでした!
そんなことってあるのーっ?!(大仰天&大絶句)

いろいろありましたが、ともあれ、
どうにかこうにかで、
受診願った2病院に、伺うことが出来ました。
そして、さらなる衝撃を受けたのでした。

自分なりに、片側顔面痙攣の発症を感じたときから始まり、
覚えている限りの、手術の経緯や施術方法と、
術後の経過等を書き出し、一覧にして、各病院に提出しました。
すると。
合計3名の脳外科医に面談しましたが、
どの医師からも
<あなたの受けられた
筋肉組織を接触部位に挟み込むことは、誰もやらない>
という見解コメントだったのです(ギャーッ!!!卒倒)

1・医師。
「筋肉組織を接触部位に挟み込む、という方法は、
確か以前、どこかで、
そういうやり方もある、と聞いたことがあるような…
聞いたことはありますが、実際は知らないです。
少なくとも私の周辺では、聞いたことはありません」

2・医師。
「筋肉組織を挟み込む………(長い沈黙)
ちょっと、分からない方法ですけれど、
そういう方法もあったのかもしれないですが、
当院ではまったくしていない方法です」

3・医師。
「筋肉組織を挟み込む方式というのは、
確かに昔、ほんの一時存在した方法です。
でも、それは全くよろしくないと、
一般的な脳外科医では認識されていて、
もう十数年前から誰も採用していない方法です」

そして、この3・医師はこう言われたのでした。
詳細までは、個人的な内容にも触れますので、
記載は控えますが。

「どうしてもっと、ちゃんと
病院と医者を選ばなかったの」
 と。(衝撃&涙。。。)
そ…そんなこと言われても。。。(悲劇涙)

今回、
受診した病院を仮にA病院とB病院と称しますが、
そのどちらもが、
「1度目の手術の成功率は90%位」と言われていました。
興奮で聞き間違えていたら、とは思いますが、
B病院では「98%位の割合で完治です」と言われていました。
(たぶん)

こちらの病院では、
年間再手術をどのくらいなさるのでしょうか。
そう質問したら、
そのB病院医師は、うーんそうですねえ、と。
「うーんそうですねえ。。。
年間1人。
2人いるかなあ、どうかなあ。
そのくらいでしょうか。
なぜなら、1度目の手術で、
ほとんどの方が完治されるので
」 と言われました。
この病院で、執刀して貰っていたら良かったのかもしれない…(落胆)
そう、どれほどその場で思ったことでしょう。。。(意気消沈)
でも、もう時間は流れました。。。

A病院でもB病院でも、
言われることは同じでした。
「再手術は、治る確率は1度目より低くなります」
無念。。。
でも。
でも。
検査撮影をしたワタシのCT画像を診ながら、
医師等はこう言ってくれました。

「開頭して、実際見ないと何とも申し上げられませんが、
それでも、再手術してみる価値はあるのではないか。
そう思います」

ワタシは診察室で、涙しました。
どわーっと涙が溢れました。
どの医師も、皆さん、静かにただただ
泣くワタシのことを、見守って下さいました。
3・医師は、お手持ちのティッシュまで下さいました。
どうもありがとうございました(大涙)

また、どの医師も、こうも言われました。

「この片側顔面痙攣は、命には何ら別状がありません。
極端な話、このまま放置しておいても問題ありません。
数年後、痙攣が酷くなることはあるかもしれませんが、
それでもまったく緊急を要する症状でない。
ですから、
再手術をするかどうか、
じっくりお考えになられては」と。

でも諸先生方。
ワタシはもう十分考えて来ました。
2年間。
もう十分考えて来ているのです。
今のワタシは、病院と執刀医を探しているのです。
再手術への道のりはもう、十分過ごして来ているのです。



以下 続きます⇒




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2015.06.02 21:31|受:ワタシ病気録
片側顔面痙攣の頭蓋骨開いての手術を、
完治目指して、一大決心をして受けて、1年8ヶ月。
こういう形で、また、執刀医のもとを訪ねることになるとは。

『痙攣再発』

現実に、微弱ながら、顔面痙攣は、再発している。

残念。
ただただ、残念な気持ちを抱えて、病院の脳神経外科を再訪した。

最初に来たときは、ひたすら「治して貰うのだ」という、
全力前向きな思いしか、なかった。
手術の恐怖も失敗の想像も、そこまで、せず。
のんきなもんだったよなぁ、と思う。

病院を見上げて、ずいぶん妙な、気持ちが、した。



0601 (1)



痙攣は、ある。
ただし、手術前より断然、軽度。

この『片側顔面痙攣』という、病(というか症状)は、
1万人に1人、程の確立だとどこかで読んだ。
執刀医にも聞いたら「そうです」との返答。
ああそうなんだと、改めて思った。

1万人に1人。

確立として”多い”とは、もちろん思えない。
だけど、ワタシがワタシとして生きている中での出来事だから、
何万人の人口でそれが発症しようとしまいと、
言ってしまえば、あまり関係がない。

数年前までのワタシには、この1万人に1人は”ゼロ”だった。
それが”100”になり、
手術による行為でまた”ゼロ”を目指したけれど、
ゼロには戻ることが出来ず、”20”くらいの、復活をむかえてしまった。
でもそれはやっぱり、もう、”ゼロ”では、ないのだ。
ゼロ治癒は、叶わなかった。
残念。
それは、誰のせいでもなくて。
ただただ、残念。


術後の経過を画像でも診てみたい、と執刀医に言われたので、
MRI撮影をした。
画像診断する限り”特段異常なし”

「痙攣の収束へ向かう途中の、出来事かもしれません。
だから、今回の手術がどうだったかと、結論づけることは、早い。
でも、もしかしたら違う原因があるかもしれない。
脳幹近くの、くも膜が加齢に伴い、硬化をして、
それが板のように挟まって、血管が押して、触れているのかも、しれない」

くも膜までは、MRI撮影でも、画像に出て来ないらしい。
くも膜は、サランラップやクレラップより、まだ薄いのだという。
それが硬化したかも、でも、こう。
どれだけ体内というものは、繊細なんだ!(驚愕)

「肌が薄い人もいれば、皮の厚い人もいる。
それと似ていて、くも膜も薄い人もいれば、硬い人もいます。
あなたは若いのに、比較的”硬い”人でした。
脳幹の近くで、摺りガラスのようになっていた箇所がありましたから。
(もちろん手術直後の説明で、聞いているので、周知)
でも、それが今、どうなっているのかは、
やはり、開頭をして、中をじかに見るほか、ないのです」

1万人に1人の割合で発症する症例で、
80%程度の人が、頭蓋骨開頭手術で、ほぼ完治する。
ところの、再発。
で、もしまたいつかの手術、となれば、
どれだけワタシは、レアケースなのだろう。

「手術は、いつでも出来ます。
ただし、何度も言いますが、まだ時期尚早だと思います。
確かに痙攣は、確認出来ます。
でも、こう言うのもナンですが、酷くはない。
でも、あなたにしてみれば、さぞ落胆もされるでしょうし、
施術までしてピタリ治らなかったと、気落ちもするでしょう。
手術前より断然、微弱な痙攣なのだから、
気にしないでおりなさい、なんていうことは、言いません。
さぞ、煩わしいことでしょう。
でも。
この症例は、命にまったく別状がないのです。
放置しておいても、ぜんぜん構わないのです。
だから、医者として、前と同じ。
手術をしましょう、するべきです、というようなことは言いません。
でも。
だけれども、あなたの人生なので、
こんな痙攣を完全に消滅させたいと、
強く再手術を希望されるのだったら、いつでもやります」

ただし。

「ただし、2度目になると、痙攣の原因追及は、より難問になります。
開頭をして、ここだと分かった箇所は、原因除去を
施しているので、それ以外の箇所を探すことは、
よりいっそう、繊細なことなので、難問になります」

おまけに、ワタシの”耳鳴り”は、
原因が「分からない」と言われた。
顔面痙攣との因果関係が、そこに分からないと。
もはや神秘としか、言いようが無い。


執刀医と面談をしながら、慌てるでもなく、凹むでもなく、
思っていたよりずっと、気楽に話をすることが、出来た。
これはある意味、自分自身で、思いのほか
片側顔面痙攣のことを、受け入れているのかもな、と思っていた。

「先生。
失礼な言い方かもしれませんが。
ワタシ程度の微弱な痙攣の復活では、
手術前に比べりゃ断然楽だから、もういい、と思って、
再診察に来ていない患者さんも、いるかもしれないですよね。
手術が失敗だったか、成功だったか、思ったかどうかは別問題で」
そう言ってみたら、医師は「なるほど。それはそうかも」と、
妙な感心をされた。
あるいは、もしかしたら、別の病院の医師へ
相談に行った人もいるかもしれないですよね。
と、これは言わないでおいたけど(患者マナー:笑)

「痙攣は確かに微弱に見受けられます。
でも、とにかくまだ、経過観察しましょう。
これがもし。
もしも、数ヵ月後、数年後、もしも、酷くなるようだったら、
それはそのときまた話し合いましょう。
日常生活に支障が出るかもしれない。
あるいは、言葉はいけないかもしれないけれども、
精神的に疲弊してしまうかもしれない。
そのときは医師として、再手術を勧めるかもしれない。

でも、何度も言いますが、こればかりは、
患者さん側の、お気持ちの問題なのです。
ものすごく痙攣が酷くて、日常生活にも支障が、と
思われるような方でも、いやいや手術は怖いからしません。
そう言われる方もいます。
それほどでも無いと思うような方でも、
とにかくこんな痙攣から開放されたいから、と
手術を希望される方もいます。
それは、こちら側の判断ではないのです。
何度も言いますが、命に関わることではないので、
すべては患者さん側の気持ち次第なのです」

そして、こうも言われた。

「ルゥさん。
お気持ちは分かります。お察しします。
でも。
だけれども、それだけに囚われて暮らさないように。
痙攣だけに、すべて囚われて暮らさないようになさって下さい」

気持ちの落としどころを、どこに置くのか。
これがワタシの、今後の課題だと、思う。


病院から歩いて15分程度の場所にある、
実家へ立ち寄って、両親といっしょにお茶をした。

何が悲しいというと、両親がワタシ以上に落ち込んでいる。
そんな姿を見ることこそが、最大に悲しいことだ。

「せっかくあんな。
頭蓋骨に穴まで開けて、辛い思い、うんとしたのに…」
辛い思いをうんとしたのに、完治出来なかったなんて、ということ。
それが一番、両親を落ち込ませている。
それと同時に、1万人に1人という症例を持った子に産んでしまった。
「ごめんなさい」と、母が悲しそうに言う。
「ほんとうにごめんね」と、母が何度も言う。
それがワタシにとって、最大に辛い。
パパ。
ママ。
それは本当に、どうでもいいことなの。
どうぞ気にしないで。ほんとうに。ほんとうに。
この世に生れ落ちたときから、ワタシはワタシなのだから。
パパとママの分身でもなければ、クローンでも、ない。
どうあれ、ワタシは、ワタシなのだから。


医師との面談を終えて、退席するとき。
「あなたの今後がとても気になります。
ものすごく、気にしています。
だから数ヵ月後、また診察に来て下さい」と執刀医が言われた。
でも、よほど重篤な痙攣に悪化しない限り、再訪はしない。
そう言ってから、言い直した。
「やっぱり。
数ヵ月後再訪するかもしれませんし、1年後かもしれませんし、
数年後かもしれません。
でも、もし、幸いなことに、数年後にででも、
完治した!と思っても、先生にご報告に伺います」と。

せっかくのレアケース患者例。
先生の治療例のひとつに、使って貰えたら。
こんな特殊な事例もあったな、という、例に。
そう言うと、医師も横にいる看護師さんも、笑ってくれた。

会計表を看護師さんから受け取るとき、
看護師さんが。
「患者さんの皆さんが、ルゥさんのように前向きではないです。
ルゥさんも、今のようなお気持ちになられるまで、
ずいぶん苦難なさったと思います」
そう、ねぎらって、静かに、ワタシのために、微笑んで下さった。
この看護師さんは、外来診察の看護師さんで、
1年8ヶ月前の手術のときに出会って、以後、覚えていてくれた方。

あのとき、最後の術後経過観察での診察のとき、
「晴れ晴れとしたお顔なさっていて。
私もとっても嬉しい」と、施術の成功をたいへん喜んで下さった。
なので、とても気を遣って頂いた。

本当に、どうもありがとうございます。


外来病棟は、ところどころ手入れをされていて、
お手洗いなどが最新式?設備に変わっていた。
1年と8ヶ月の間に、いろんなことが、少しずつ、変わっているんだと思う。

悲しまないで、パパママ、と思いながら、
どうもありがとう、と看護師さんのことを思いながら、
帰宅の阪急電車に乗った。

変わらない景色も、ある。
ただそこを通り過ぎるときの自分は、一瞬たりとも同じではない。
今のワタシは、今起きている自分自身の内側の問題を、
出来るだけ穏やかに受け入れようと、努力をし始め出したところ。
完璧なものなどどこにもなく、
完璧なことなど手に入らないこと。

引き受けること。
永遠の付き合いかもしれない

努力の幅を、もっと、持たねば。
症例と付き合うすべを、もっと、じっくり考えよう。



0601 (2)



オットとちま。
のんきでいてくれる。
それだけで、いいなと思う。

いやだいやだいやだいやだいやだいやだと、思うと、泣けてくる。
いろんなことがもうどうでもよくなってしまう。
治りたかったのだと、ものすごくものすごくものすごく強く、
その方向に思いを寄せると、いくらでも、寄せることが出来てしまう。
落胆の絶叫で、いくらでも凶暴な涙を流すことが出来てしまう。
それはよくない。
ときとして、よいときもあるかもしれないけど、
あんまり、よくない。

もっともっともっと、事情が酷くなったとき。
そういうとき用に、最悪の気持ちは、とっておこうと思う。

前向きではなくて、
ちょっと斜め前向き。


そんな感じで、ゆこうと思う。

オットとちまが、いっしょだから、大丈夫だと思う。



0601 (4)



病院のほど近くに咲いていた、紫陽花。
色がどこにもつく気配がないから、きっと白い紫陽花だと思う。
きれいだなと思う気持ちがある。
だからたぶん、まだイケるワタシがあると思う。



0601 (3)





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2015.01.30 03:32|受:ワタシ病気録
台湾人の友人Kちゃんが、京都へ一瞬戻って来た。

せっかくだもの、会いましょう、と
グルマンな知人に紹介してもらった、美味しいフレンチを頂く。

Kちゃんは、明日東京に出向き、友達と落ち合い、
長野へスキーにゆくと、とても楽しそうだった。
台湾本国での、就職先(大学)でも、毎日充実した暮らしを
しているようで「すっごく忙しい」と言いながら、その顔は晴れ晴れしていた。



0127 (1)



このさき恋をして結婚もして、未来をつなぐ子どもを増やして。
Kちゃんのこれから、は、明るく、輝いている。
本当にいろんなことにわくわくしている彼女を見ながら、
ワタシは”片側顔面痙攣”の開頭手術をしてから、
1年と3ヵ月後の現在。
正直、少々、憂いていた。

ここ数日前から、なんとなく、ピクピク。
数年間、大変悩み煩わされて来た、右目下まぶたの、痙攣。
それを消去出来たはずの、それが、ごくごく。
ほんの、ごくごくごくごく、だけれど、
「あ」と感じることが、出て来ている。

日常的・恒常的には、もはや”大昔の体験”として、記憶になり、
遠く忘れかけ事柄、になっていたのが、最近、
時折、くちを動かした際「あ」と、思うようになったのだ。
そして。

「耳鳴りがする」

耳鳴りも、ごくごく、瞬間。
瞬間のとあるときに、ザッと来る。
一瞬の光が駆け抜けるように、ザッと、耳鳴りが、走る。

うっすらと、
うっすらと、気持ちが、少し、淀んで、
うっすらと”再発”という文字が、ココロに浮かぶ。



0127 (3)



Kちゃんは、久しぶりの京都と、ワタシとの食事に、
本当に愉快にしてくれているのに、
ワタシときたら、そんなKちゃんのわくわくする様子に、
いつもならもっと、おしゃべりの”コール&レスポンス”に
がっつり、向かえるところが、そこはかとに、終始。
Kちゃんを見送ってから、猛省したけれど、
こういうココロの淀みは、深く気持ちのしっぽをつかんで、離さない。

ごめんね、Kちゃん。。。
次に会うときは、もう少し、いいえ、
いつものバカ笑いを、またきっと提供します。



0127 (4)



片側顔面痙攣の、手術を執刀してくれた担当医が
説明して下さっていたことを、思い出す。

『術後、
人によっては、2年間ほどの間、
痙攣が治まったと思ってもまた出て、またじき治まって。
そういうことを繰り返す場合もある』

ワタシの場合は、ただの?片側顔面痙攣からなる、
まぶたの痙攣に加えて”耳鳴り”が、あった。

頭の中の神経配置は、本当に繊細に、微細に
猛烈に、込み入った環境のようで、
ほんの数ミリ単位での、神経と血管の接触で、
さまざまな障害が発症するのだと、担当医から、聞いた。

ワタシの、当時”障害”を発症させていた箇所は、
見つけて、手術のときに、解除して下さっているはず。
だから、違う場所の微細接触がまた出来たか。
はたまた、もしかすると、解除して頂いたはずの箇所が、
解除の壁を乗り越えて、また触れ合いだしたか。

脳内神経というものは、
本当に、空前の超絶繊細込み入りで、
もはやそこは、神の領域だろうと、思う。
宇宙といっても、構わないだろうとすら、思う。
自然の摂理には、どうにも、抗えないと、思う。

屈する、ではなく、ひれ伏す。

ワタシの中を構成する、宇宙と自然に、ひれ伏す。
これが、ワタシなのだと、受け入れること。
ココロが弱く小さいので、なかなか、難問ではあるのだけれど。
引き受けること。
これが、ワタシなのだと。



0127 (6)



Kちゃんとの食事から戻り、ちまのお散歩へ出かけたとき、
オットに、話をしてみた。

心配をするだろうから、と思って、黙っていたのだけれど、
やっぱり、オットはワタシの特別な存在で、
勝手な言い草かもしれないけど、何でも、聞いて・知っていて欲しいから。

「あのね、ここ何日か前から、また痙攣と耳鳴りを感じてるの」
そう、歩きながらオットに言うと、
オットは、穏やかな口調で。
「そういうことも、あるやろなぁ」と、言った。
オットは、ワタシより、自然の摂理を、知っている。

「そういうことも、あると思う。
手術当時は、精一杯先生が、アカン場所はココかなって思うところを
接触しないようにしてくれてるはずやけど、
その接触も、ほんの数ミリで、どうこうなんでしょ。
そりゃもう、しゃーないよね」

そりゃそうだ。

うん、うん、そうだね。
そりゃそうだわね。

明るく朗らかに、でもなく、
突き放すように、でもなく、
ふつうのことばで、ふつうに、そう、オットが言ったので、
ワタシも、ふつうに「そりゃそうだ」と、するり、思えた。

大丈夫、とも、心配するな、ともオットは言わなかった。
不安がることも、気の毒がることも、オットは無かった。

そういうもんでしょ。

オットは、ふつうに、いつも、こうして、生きている。
いつだってオットは、自然に生きている。



0127 (5)



オットが「またどうしてもダメだと思たら、手術したらええやん☆」と、
これは、いたってのんき~に言った。

これも、そりゃそうだと思う。

再発の、再手術のリスクは、当時先生にはお聞きしていないけれど、
(だって手術したばっか!だから)
いくばくかは、あるだろうと推測する。
やはり正直、気持ちは凹む。

それに、同じ箇所で、頭蓋骨に穴を開けて、開頭をするなんて。
ただの1度でも、頭蓋骨に穴を開けるヒト自体、そもそもいないのに、
それがましてや2度も!になると、本当に数奇な運命だろうと、思う。

再度手術したって、成功するとも限らない。
先生が手術前に説明されたように、
80%程度の成功と、20%程度の残念は、
いくら回数を重ねても、つきないものだと。
これに、ワタシはコスモを感じていたのだけれど、
今もまた、コスモを改めて、感じ直している。

何より。
何より何より『悲しい』と思うことには。

もし。
もしも、もしも、またいつか、再度手術をしようと決めたとき、
そのときには、両親が健在とは限らない。
「前回の手術のときには、毎日毎日、
両親が付き添ってくれていたな…」と、思い出して、泣くと思う。
ものすごく、泣くと思う。

そして、ちまと離れることも嫌だ。
ものすごくものすごく、嫌だ。
だから、言いたくはないけれども、
ちまがワタシとオットのもとから、離れて、
川の向こうへ渡って行ってからに、したい。

そんな、現実味をおびた想定をするほど、の
再発を実感している分けではないけれど(妄想癖アリ:苦笑)
でも、そういうことを思うことの方が、
手術のときのあの空前絶後の苦しみと痛みを思うより、つらい。

時間が永遠ならいいのに、ではなく、
時間のすり減り方が、もっとゆっくりだったらいいのに、と思う。
特に、両親の。
特に、ちまの。
手術のことより、そんな環境のことを想像して、つらく、つらく、思う。
切ない。

Kちゃんが、お土産で、お茶をくれた。
「空港で買ったんだけど(笑)」と、いうお茶は、
とても今のワタシに、寄り添ってくれるものだった。

”お茶はのどを潤すためだけではなく、ココロのサプリメント”とある。
ティーパックになっていて、それぞれに効用があった。
『安心茶』 胃の調和、身心の安定。
『養心茶』 養生、身心調和、元気をつける。
       身体と心のバランスを整える。
などなど、数種類あって、そのどれもが、
ココロと体調の穏やかさをもたらすように、というお茶だった。

Kちゃん。
どうもありがとう。
とても落ち着いた気持ちになれたよ。
ちょっぴり消沈気味で、ごめんね。
(Kちゃんは敏感なヒトだから、すごく感じたろうと思う)
次会うときは、きっとワタシも、元気でいるよ。



0127 (2)



ちまと、離れたくない。
ずっと一緒にいる。

1年3ヶ月前に、片側顔面痙攣のための、手術をして、
入院を2週間したときに、そう強く強く強く、思った。
それは、今でも、一番、暮らしの中で、思っていることだ。
ちまと、ずっと一緒にいる。

でも、痙攣の再発が、残念ながら、あるかもしれない。
もっとはっきり自覚して、再手術への道のりも、生まれてくるかもしれない。

ちまも、いつかワタシとオットのもとから、旅立ってゆく日が来る。
残念だけど、これは、否応なしの、いつか来ること。

いろんなことを、引き受け、受け入れながら、生きてゆく。



0126 (3)



オットは本当に、よいひとだと思います。
本当に上等のひとだと、ツマなれども、思います。

とある男性知人が、オットのことを
「とてもエレガントな方です」と言って下さったことを、覚えています。
ひとさまに、オットのことを尋ねられたとき、
そう、ひとさまに言って下さったのです。
エレガント、かどうかは、さておき(苦笑)
エレガントに感じて下さる、人柄の上等さは、
同じ感覚を持って頂けるのだなぁと、思ったことは、忘れられない出来事です。

オットが、ワタシのオットで、よかった。
人生、これだけでも、案外良いのかもしれない。
どうもありがとう。
感謝しています。

経過観察を自分自身でしながら、
様子を伺いながら、ヤッテゆきます。
執刀して下さった先生方がおられるから、大丈夫!と思いながら。





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京都のすみっこから、オットとマルプー・ちまとのんびり暮らす日常を気ままに綴ります。

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